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2.知ってるよ?
6
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「和輝は栗のでいい?」
「ああ」
お風呂後の私は、パジャマにカーディガンを羽織って、ロールケーキを皿にのせた。
和輝はネクタイを外し、ワイシャツのボタンもいくつか外して食卓につく。
二階の自室にいる子供たちは、父親の帰宅をまだ知らない。
そろそろ寝る時間だから、下りてくるはずだ。
「明日、少し早く帰れない?」
「なんで?」
「和葉の宿題、追加質問があるんだって」
「え……」
明らかに嫌そうな夫の表情に、思わずふふっと笑ってしまった。
「適当に答えておけばいいのに」
「適当って言ったって……」
そうね。
適当にでも私の好きなところなんて、思い浮かばないのよね。
「あまり答えにくい質問はしないように言っておくね」
「うん……」
和輝が食事をして、私は明日のお米を研ぐ。
「あ、明日のお弁当は?」
「あ、いらないや。今日行くはずだった訪問が明日になったから」
「そう」
明日もあの女性に会うのね。
ゴンッと鈍い音がして、お米から顔を上げると、和輝が腕時計を外していた。テーブルにぶつけたのだろう。
「大事にしなきゃ」
「え?」
「大事な時計なんでしょ?」
「ああ……」
あの女性との、大事な思い出の時計なんでしょう?
二人がお互いの時計を見て微笑む姿が思い浮かぶ。
忘れていたのに、思い出そうとすれば思い出せてしまうのが悔しい。
だって、お似合いだった。
惨めだ。
だって、私が贈った時計は、置き去りにされた。
「あの時計、もういらない……?」
ハッとした。
口に出すつもりはなかったから。
慌てて、水道のレバーを上げる。勢いよく水が流れ出す。
夫が、私を見てる。
私は、俯いたまま顔を上げなかった。
「お母さん」
聞こえない振りをしようかと思った。が、無理があるとわかっていたから、水を止めた。
「なに?」
「和葉の宿題の最後の質問、なんて答えた?」
『生まれ変わってもお父さんと結婚したい?』
「もちろん、って」
「ああ、そっか」
少しホッとしたように肩から力が抜けたように見えたのは、多分気のせいだ。
「他に答え、ある?」
「え?」
「生まれ変わってまではしたくない、なんて子供には言っちゃダメだからね?」
「えっ!?」
私の気持ちだと思ったのか、和輝が目を丸くした。
水量を見て、お釜を拭き、炊飯器にセットする。
「そんなこと言ってないぞ」
「当たり前でしょ? 子供の宿題なんだから」
「そうじゃなくて――」
「――あ! そういえば、和輝の実家、少し修繕が必要なんだって。去年の春に雨漏りしたところ、やっぱりちゃんと直さなきゃダメらしくて。お義父さんとお義母さんが和輝にも話を聞いて欲しいって」
「ああ。うん」
「週末にでも行って来たら?」
「お母さんは?」
「え?」
「一緒に行かないのか?」
「私が聞いても、ねぇ」
ズルい。
私の用事には無関心なくせに、自分の用事にはついてきて欲しがる。
放っておけばいいのに、出来ない私は甘いのか。
「土曜の午前は仕事だよ?」
「午後か日曜で聞いておいて」
自分で聞けばいいのに……。
「わかった」
食事を終えた和輝が席を立つ。
リビングを出ようとして、戻って来た。
テーブルに置きっ放しの腕時計に気が付いたから。
思い出の時計は置き去りにしないのね。
寝室のチェストの上に置かれた腕時計を思い出す。
私もいつか、あの時計のように置き去りにされるのだろうか。
結婚して十五年も経ってこんなことを思うなんて、更年期かな……。
惨めさを誤魔化そうとして、余計惨めになった。
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