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20 最後の男
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しおりを挟む寂しさを忘れるためにがむしゃらに働いた。
彩の言った通り、何もしなくても潰れることは決定しているんだから、何かやらかしてもさほど違いはない。
着任初日、俺は三人の営業部員に数少ない取引先について説明を受けた。その翌日と翌々日は取引先への挨拶回りをした。
四日目と五日目に過去に取引を断られた会社を回った。
夜、狭いアパートで一人になると、彩を思い出した。
が、それ以外では思い出さなかった。
それくらい、忙しく頭を働かせていた。
着任三週間後に新規の契約を一件、四週間後に継続の契約を二件、成立させた。その翌週には新規の契約を一件。
釧路の工場だけでは生産が間に合わず、札幌の工場にも発注した。その経緯を報告するために本社に電話した時、もしかしたら彩が出たりしないかなと思った。
だが、現実はそんなに甘くない。
出たのは、千堂。
『お元気そうですね、溝口部長』
イラっとした。
俺は彩のことを訪ねなかったし、千堂も彩のことは話さなかった。
そんなこんなで、三か月が過ぎた。
世間では、早めのインフルエンザが流行しだしていた。
とにかく夢中で働いた結果、釧路支社の首は繋がっている。
運も良かった。
同業社が、FSPより先に潰れてくれたお陰で、その顧客を引き受けることが出来た。十二社。
こうなると、営業部員三人と俺では、手が足りない。契約と納期が重なったこともあって、とにかく目が回る忙しさだった。
雇用は本社管理だから、俺の権限で出来るのは、短期契約での雇用か、短時間契約での雇用。
俺は潰れた同業社の社員三名を、とりあえず三か月雇用した。
その間に、本社の許可を得るつもりで。
それでも人が足りず、帯広支社に応援を頼んだ。が、来たのは一人。それも、二週間限定。
ぶっちゃけ、使えない。
やりたくなかったが、本社に応援を要請した。
『来週から風間が行きます。とりあえず、ひと月』
千堂の部下を借りるのは何となく嫌だったけれど、仕方がない。彩が千堂の補佐になるまで、風間が補佐をしていた。指導を受けていたというのが、実際のところだが。彩が補佐になり、風間は空席だった営業一課の主任になった。
能力だけ見れば、助かる。
札幌の工場とのツテもあるし、千堂仕込みで人の使い方も上手い。
電話が鳴ってもすぐに対応できる人間がいないほどの忙しさだ。
俺はこの一週間、睡眠時間が三時間だった。
寝不足の頭に、電話の呼出し音は不快でしかない。
トゥルルルル……
電話中に電話が鳴ることほど、困ったことはない。呼び出し音は受話器から筒抜けだし、営業部が電話に出ないなんて、あり得ない。
俺は工場からの問い合わせで受話器を持っていた。机にいる二人も、電話中。
トゥルルルル……
三度目の呼出し音。
二人はどうしたらいいのかわからない焦りの表情で、俺を見ていた。
トゥルルルル……
四回目。
クソッ――!
「申し訳ありませんが、少々――」
トゥルルッ――
俺が先方を待たせて電話に出ようとした時、呼び出し音が切れた。
「お待たせ致しました。Free Style Production、釧路支社営業部でございます」
耳を疑った。
妄想し過ぎて、幻聴が聞こえだしたのかと思った。幻覚まで。
受話器を取ったのは、彩。
「お世話になっております。溝口は只今電話中ですので、終わり次第折り返しお電話させていただいてもよろしいでしょうか」
言いながら、持っているカバンからボールペンとメモ帳を取り出し、相手の名前と電話番号をメモする。
俺は何度も瞬きをして、その姿と声が幻ではないことを確認した。
受話器を置いた彩が、メモ紙を俺のデスクに置く。その手を、思わず掴んだ。
温かくて、柔らかい。
幻じゃ、ない。
彩――!
彩はどこか安堵したように微笑むと、俺の手をすり抜けて行った。
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