最後の男

深冬 芽以

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18 悪あがき

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「どうして……」

 堀藤さんが俺と溝口課長の顔を、交互に見た。

「宮野さんが会議室まで案内して、名刺を貰ったんです。それで、名前が――」

「ああ……」と、彼女は軽く頷いた。

「何か、言われたか?」と、溝口課長が聞いた。

 堀藤さんが首を振る。

「そりゃ、そうだよな」

「コンペでTSSが勝ったら、あの人が……責任者ってことですよね……」

 俺は思わず、溝口課長を見た。

 今回のコンペ、TSSが最有力だと聞いていた。

「まだ、勝つとは限らないだろ」と、課長は言った。

「今、心配しても仕方ない」

「勝ちますよ、きっと」

「なんで、そんな――」

「あの人が出て来てるってことは、そういうことです」

 堀藤さんが断言した。

 胸の奥がモヤモヤする。

 きっと、いや、絶対、溝口課長も同じだ。

 彼女が元夫をよく知った風に話すのは、いい気分ではない。

「とにかく、結果が出るのは来週だ。それまでは、忘れてろ」

 溝口課長が、冷たく言い放った。

 俺には出来ないことだけれど、きっと、今はそうした方がいいんだろう。

 半端に不安を煽るようなことは言えない。

 かと言って、無責任に『大丈夫』とも言えない。

 コンコン

 ドアがノックされ、宮野さんが入って来た。

「堀藤さん」

 宮野さんが心配そうに堀藤さんに近づいた。それから、俺と溝口課長をチラリと見て、何か言いたげに口を開いたが、何も言わずに閉じた。

 宮野さんは堀藤さんの隣にゆっくりと腰を下ろす。最近、お腹が少し目立ってきた。

「元のご主人に、堀藤さんと話したいって言われました」

「コンペ、終わったのか!?」

「いえ。機器の不具合で、一旦休憩になったんです。その時に……」

 堀藤さんは俯き、黙っていた。

「で? なんて言ったんだ?」

「堀藤さんは会いたくないだろうと思って、外出したことにしちゃいました」

 ホッとした。

 今の状態の彼女を見たら、会わせられるはずがない。

「勝手に、ごめんなさい」と、宮野さんが堀藤さんに言った。

「いいんです。ありがとう」と、堀藤さんが言った。

 彼女は膝の上で両手を重ね、ぎゅっと握っていた。

「あの――」

 宮野さんが言いにくそうに、堀藤さんの顔を覗き込んだ。

「離婚してから、全く会っていないんですか?」

 堀藤さんが頷く。

「もう……二年半になるかな……」

「もう、会いたくない?」

 少しの間があって、それから頷いた。

「けど、もしTSSが勝ったら……」

 早まった、と思った。

 社内システム導入で、各部から担当者を出し、補助をすることになっている。必要な書類の用意や、連絡係など。俺はその担当に、堀藤さんを推した。各課長と部長の了承ももらっていた。昨日、堀藤さん自身にも話してしまった。

 TSSがコンペに勝てば、再来週にもFSPうちに常駐し、作業が始まる。



 担当者を決めるのが、早すぎたか……。



「結果が出てない今は、あれこれ考えても仕方ないだろ」と、溝口課長が言った。

「いい加減、仕事に戻るぞ」

「あ、でも、堀藤さんは――」

「外出中ってことだから、外出させろ」

 溝口課長は堀藤さんに優しい言葉をかけるどころか、目もくれずに出て行った。

「なんか……冷たいですね」

 会議室のドアが閉まり、宮野さんが言った。

「怒ってる……んだよ」

 堀藤さんがポツリと言った。

「怒ってる?」

「ご心配おかけして、すみません」

 顔を上げた堀藤さんが、無理が見え見えの笑顔で言った。
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