最後の男

深冬 芽以

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17 理想のかたち

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「そういや、真心に怒られた」と、智也が豚汁をすすりながら言った。

「寝てる間に帰したこと。起きたら大泣きしたって」

 そうなるだろうなとは思っていた。別れ際に大泣きするよりは良かったのかもしれないけれど。

「真君にまた会いたいってさ」

 智也がザンギを頬張りながら、私を見た。

 私がなんて答えるのかを、窺っている。

 私がなんて答えるのかに、気づいていながら。

「真心ちゃんには可哀相なことをしたね」と言って、私は箸を置いた。

「まさかあんなに真を気に入ってくれるとは思わなかった」

「気に入るなんてもんじゃない。真心が真君と結婚したいとか言い出したから、義兄さんまで真君に会わせろって言い出したらしい」

「そっか。しばらく真心ちゃんに恨まれちゃうね」

 智也は口の中のものをビールで流し込んだ。

「気持ちが固まったのか?」

 私は頷いた。

「そうか」

「水族館……楽しかったね」

「……ああ」

「離婚する前は、あんな風に家族で出かけることなかったの。元夫は、タバコが吸えなくてイライラして、人混みにイライラして、疲れたとかお腹空いたとかぐずる子供たちにイライラして、レストランの食事が高いとか美味しくないとか言ってイライラして、それを全部私のせいにして怒鳴って、何日も私を無視したりしてた。どう頑張っても私のすることは気に入らなくて、そのうちに私も疲れちゃって……」

「彩」

「だから、あんな風に穏やかな気持ちで一日過ごせて、本当に楽しかった」

 泣くな。

 私は、自分に言い聞かせた。

 泣くな。

「本当に楽しくて……、楽しすぎて……」

 泣くな。

「錯覚しそうになった」

「錯覚?」

 智也の声に、目頭が湿る。

 思わず目を伏せた。

 気づかれたくない。

「理想の家族が……手に入るかも……しれないって……」

「理想?」

 頷くと、涙がこぼれそうになる。

「智也となら……、諦めていた……幸せな家族が…………」

「彩、もういい。俺は――」

「けど! ……それじゃ、ダメなの……」

 涙が堪えきれず、頬を伝う。

「智也といると、楽しくて、安心できて、私……弱くなる……か……ら……」

「どこがだよ。お前、めちゃくちゃ強いだろ。子供育てながらバリバリ仕事もして、面倒くせぇ上司の世話と躾までしてんだぞ」

 私は、ブンブンと首を振った。

「これ以上、どこまで強くなるんだよ」

元夫あの男を見返すまで」

「見返す……?」

「言われた……の。『お前みたいに学歴も職歴もない馬鹿が出来る仕事なんてたかが知れてる』って。『馬鹿な母親を持った子供たちが可哀相だ』……って……」
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