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16 交わる領域
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しおりを挟む『松代さんが離婚するって、本気で信じてるの?』
『……』
『いくら社長の息子でも、こんな醜聞を起こして、その原因となったあなたと再婚できると思う?』
『……』
『仮に離婚したとしても、会社にはいられないでしょうね。残れたとしても地方に飛ばされたり? 奥さんには、財産を根こそぎ奪われて、無一文。それでも、彼と結婚したい?』
『……』
彩の言うことが、いちいち的を得ている上に、今の京本には直視したくないであろうことばかりで、不憫にすら思えてきた。
『しかも、結婚していても自分から若い女を引っ掛けるような男よ? あなたと結婚したからといって、女癖の悪さが治るとも思えない』
『だけどっ――! 奥さんとはもうずっとうまくいってなかったって! 私を好きだって――』
『そんな口車に乗せられて、子供を産むの!?』
悲痛な京本の言葉を遮って、彩が言った。
『京本さん。あなたの彼はあなたが自宅謹慎になってから、会いに来てくれた?』
『……』
『あなたの体調を心配する電話、くれた?』
『……メール……をくれるも――』
『何も言うな、って口止め以外の内容は?』
『……』
気が滅入ってくる。
千堂も同じようで、眉間に皺を寄せて聞き入っている。
京本のすすり泣く声が、車内に響く。
『京本さん。彼が本当にあなたのことを想ってくれているのなら、どうして真実のことを言わないの?』
『……』
『一方的に、謝罪とあなたたち三人の処分を求められているのよ? 自分の子供を身ごもっている女を矢面に立たせて、自分は父親と妻の後ろに隠れているような男、どこまで本気で信じてるの?』
『……』
『産まれてくる子供に、父親のことをなんて話すの?』
彩の声に、さっきまでの冷たさは感じられなかったけれど、言っていることは手厳しいことだ。だが、大切なこと。
『京本さん。私が前に言ったこと、覚えている?』
『……?』
『十年後、幸せだといいわね?』
『十年後なんて――!』
『子供が生まれたら、あっと言う間だよ? 十年なんて』
ふと、考えた。
十年後の俺はどうなっているだろう。
『私の十年後は……きっと今より大変だと思う。上の子は大学生、下の子は大学受験の時期だから、お金の計算で頭痛そう』
彩が、電卓を叩いて頭を抱える姿を想像した。なぜか、場所は俺の家だった。
『京本さんはお子さんとどんな生活をしていると思う?』
『そんなこと、わかるわけないじゃない』
いつの間にか、京本が生意気な口調に戻っていた。
『十年後、松代さんはあなたとお子さんのそばにいるかな』
『……』
『あなたは、十年後に松代さんにそばにいて欲しい?』
『……』
『ちゃんと、考えて』
十年後か……。
「俺は、十年後も彩さんと一緒にいたいと思ってます」
突然、千堂が言った。
俺の目を、真っ直ぐに見て。
「それくらい、本気です。俺なら、好きな女が他の男にアプローチされてる時に、距離を置いたりしない」
千堂の言いたいことは、わかる。
こうやって、正面から真っ直ぐにぶつかってくる千堂に惹かれた彩の気持ちも。
若さ、とか、育ち、とか。
俺と千堂はまるで違う人間で。
だから、愛し方も違う。
けれど、愛した女が同じなら、同じ土俵に立つべきだ。
「そうだな」
こんな時くらい、感情のままを口にしていいだろうか。
「俺も、十年後も彩と一緒にいたいと思うよ」
俺は、彩が欲しい。
俺には、彩が必要だ。
「お前に、彩は渡さない」
胸のつかえが、下りた気がした。
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