最後の男

深冬 芽以

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『松代さんが離婚するって、本気で信じてるの?』

『……』

『いくら社長の息子でも、こんな醜聞スキャンダルを起こして、その原因となったあなたと再婚できると思う?』

『……』

『仮に離婚したとしても、会社にはいられないでしょうね。残れたとしても地方に飛ばされたり? 奥さんには、財産を根こそぎ奪われて、無一文。それでも、彼と結婚したい?』

『……』

 彩の言うことが、いちいち的を得ている上に、今の京本には直視したくないであろうことばかりで、不憫にすら思えてきた。

『しかも、結婚していても自分から若い女を引っ掛けるような男よ? あなたと結婚したからといって、女癖の悪さが治るとも思えない』

『だけどっ――! 奥さんとはもうずっとうまくいってなかったって! 私を好きだって――』

『そんな口車に乗せられて、子供を産むの!?』

 悲痛な京本の言葉を遮って、彩が言った。

『京本さん。あなたの彼はあなたが自宅謹慎になってから、会いに来てくれた?』

『……』

『あなたの体調を心配する電話、くれた?』

『……メール……をくれるも――』

『何も言うな、って口止め以外の内容は?』

『……』

 気が滅入ってくる。

 千堂も同じようで、眉間に皺を寄せて聞き入っている。

 京本のすすり泣く声が、車内に響く。

『京本さん。彼が本当にあなたのことを想ってくれているのなら、どうして真実ほんとうのことを言わないの?』

『……』

『一方的に、謝罪とあなたたち三人の処分を求められているのよ? 自分の子供を身ごもっている女を矢面に立たせて、自分は父親と妻の後ろに隠れているような男、どこまで本気で信じてるの?』

『……』

『産まれてくる子供に、父親のことをなんて話すの?』

 彩の声に、さっきまでの冷たさは感じられなかったけれど、言っていることは手厳しいことだ。だが、大切なこと。

『京本さん。私が前に言ったこと、覚えている?』

『……?』

『十年後、幸せだといいわね?』

『十年後なんて――!』

『子供が生まれたら、あっと言う間だよ? 十年なんて』

 ふと、考えた。

 十年後の俺はどうなっているだろう。

『私の十年後は……きっと今より大変だと思う。上の子は大学生、下の子は大学受験の時期だから、お金の計算で頭痛そう』

 彩が、電卓を叩いて頭を抱える姿を想像した。なぜか、場所は俺の家だった。

『京本さんはお子さんとどんな生活をしていると思う?』

『そんなこと、わかるわけないじゃない』

 いつの間にか、京本が生意気な口調に戻っていた。

『十年後、松代さんはあなたとお子さんのそばにいるかな』

『……』

『あなたは、十年後に松代さんにそばにいて欲しい?』

『……』

『ちゃんと、考えて』



 十年後か……。



「俺は、十年後も彩さんと一緒にいたいと思ってます」

 突然、千堂が言った。

 俺の目を、真っ直ぐに見て。

「それくらい、本気です。俺なら、好きな女が他の男にアプローチされてる時に、距離を置いたりしない」

 千堂の言いたいことは、わかる。

 こうやって、正面から真っ直ぐにぶつかってくる千堂に惹かれた彩の気持ちも。

 若さ、とか、育ち、とか。

 俺と千堂はまるで違う人間で。

 だから、愛し方も違う。

 けれど、愛した女が同じなら、同じ土俵に立つべきだ。

「そうだな」

 こんな時くらい、感情のままを口にしていいだろうか。

「俺も、十年後も彩と一緒にいたいと思うよ」

 俺は、彩が欲しい。

 俺には、彩が必要だ。


「お前に、彩は渡さない」


 胸のつかえが、下りた気がした。
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