最後の男

深冬 芽以

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16 交わる領域

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『別れた夫が最後の男でいいのか?』



 彩が元夫に心底嫌気がさして離婚したのだと知った上で、心の隙を突いた。



 そして、千堂を受け入れた理由はきっと――。



 彩が何を求めているのかは、なんとなくわかる。



 けれど、それを口にすることは――。



「結婚に縛られずに一緒にいたいと思うのは……勝手かな。やっぱ」

「……どうかな。お互いが同じ気持ちならいいかもしれないけど……」

「けど?」

 信号が黄色になり、俺はブレーキを踏んだ。前の車は速度を落とさずに交差点を突っ切った。

「智くんは彩さんにとって一番にはなれないよ?」



 一番……?



「そりゃ、一番は子供たちだろ」

「うん。だから、智くんはずっと二番か、もしかしたら四番とか五番かもしれない」

 どうして三番を飛ばしたのか、そんなくだらないことが気になった。

 彩にとって子供が一番、二番は両親か、仕事。じゃあ、姉さんの言う通り、俺は四番か五番か。

「それでいいの?」

「いいも悪いも、俺が彩の一番になるなんて不可能だろ」

「同率一位なら……なれるんじゃない?」



 彩にとって一番……。



 だが、そうなるためには、俺にとっての一番も増えるということだ。

「そうした方がいいってことじゃないよ。ただ、好きな人にとって自分が一番じゃないって受け入れて付き合っていくのは、すごく大変……っていうか、寂しいことだと思うから……」

「そうだな」

 信号が青になり、俺は車を発進させた。

「私は、智くんが誰かの一番であってくれたら、嬉しいよ」

 ずっと、姉さんが俺の一番だった。

 今も、姉さんより大切な人間はいない。

 けれど、姉さんにとって俺は、もう、一番じゃない。

 旦那と子供たちがいる。



 そうか。

 俺を一番に想ってくれる人はいないのか……。



「姉さん」

「ん?」

「俺も――」

 俺はその先の言葉を飲み込んだ。

「姉さんのフルーツロール、真心が食ってたよ」

「ええ!? 真心はイチゴショートしか食べないのに」

「いつもお母さんが美味しそうに食べてるから、食べてみたかったんだと」

「もう……しょうがないなぁ」

 俺はマンションの前で、姉さんを降ろした。それから、駐車場に入る。

「一番か……」

 エンジンを切った時、ふと呟いた。



 俺も誰かの一番になりたい――。



『誰か』で思い浮かぶのはたった一人だったが、俺はそれに気づかない振りをして、車を降りた。
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