最後の男

深冬 芽以

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「彩さんのお子さんに会ったこと、あるの?」

 美容室からの帰り、姉さんが聞いた。

 腰まであった髪を肩のあたりまでバッサリ切った姉さんは、更に幼く見える。 

「ないよ」

 答えてから、気づいた。



 彩に子供がいることを、話したか?



「真心から聞いたのか?」

「見ればわかるよ。何の躊躇いもなく勇気を抱いたし、預かってくれたじゃない」



 なるほど。



「何人、いるの?」

「小学生の男の子が二人」

「今日、お子さんは?」

「父親のところ」

 見なくても、姉さんが心配そうに俺を見ていることはわかる。

 以前、姉さんが彩に会いたいと言ったことを伝えたら、彩は断った。あの時は、当然のことのように断った彩を困らせたくて『そのうちに』なんて言ったけれど、本当に会わせるつもりなんてなかった。

 今日も、適当なことを言って彩を帰してしまえば良かった話だ。なのに、そうしなかったのは、気持ちのどこかで姉さんに会ってもらいたかったからかもしれない。

 姉さんになんて言ってもらいたいのかは自分でもわからないけれど、とにかく姉さんには知っておいてもらいたかった。

「いい人ね」

「ああ」

「結婚、考えているの?」

「……正直、考えてない」

「彩さんも?」

「多分……」

「私は智くんに、結婚して家庭を持ってもらいたいよ」

 姉さんがそう思っていることは、知っていた。

 俺たちは『家族』というものとは縁遠い環境で育った。

 だから、姉さんは『家族』を求めて、若くして結婚した。

 姉さんは自分だけの『家族』を手に入れ、幸せそうだ。

 俺にも、義兄と甥っ子、姪っ子をくれた。

『家族』に憧れないわけじゃない。

 彩と付き合って、ずっと一緒にいられたらいいと思った。

 けれど、勇気を腕に抱く彩を愛おしいと思っても、寄り添う自分が想像できない。

 彩の『母親』の表情かおに心が揺れても、自分に『父親』の表情かおが出来る気がしない。

「彩さんのこと、本気で好きなの?」

「え?」

「この年になると……、特に女は新しいことに挑戦するって結構大変なのよ。自分一人の問題ならいいのよ? けど、自分の考えや行動は間違いなく子供にも影響を与えるじゃない? だから、何かしたいと思っても、まずは子供のことを考えるの。シングルマザーならなおの事だと思う。だから――」

 姉さんの言いたいことは、わかる。

 失うもののない俺と彼女の違い。

『恋人ごっこ』なんて馬鹿げた提案を受け入れるのに、彼女はどれだけ考えたろう。

 子供たちのために必死で働かなければならない立場で、傍から見れば男に現を抜かしていると思われかねない状況。

 それでも、俺を受け入れたのは、あの一言があったからだ。
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