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11 渇望
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しおりを挟む翌日のメニューはビーフシチュー。
昨日、彩さんたちが帰ってから買い物に行き、作った。
女性のために、こんなに必死になったのは初めてで、そう思うと少し気味の悪い笑みがこぼれた。
一緒に帰ろうと思ったが、それはさすがに、と断られた。
俺は定時で退社し、急いで家に帰った。ビーフシチューを温め、レタスをちぎる。ちょうどご飯が炊きあがった時、パンも用意しておくべきだったか、と思った。もう、遅い。
鍋の火を消した時、インターホンが鳴った。タイミングはバッチリだ。
俺は、浮かれていた。
彩さんと二人きりの食事。
「お疲れさまです!」と、俺は元気はつらつに言った。
彩さんはキョトンと俺を見て、それから笑った。
「お疲れさまです。課長は全然お疲れじゃなさそうですけど」
「え……? あ……、はは……」
一人で浮足立っている自分が恥ずかしくなった。
気を取り直して、彼女に食事を振舞う。とても、喜んでくれた。とても。
「すごく美味しいです。時間がかかったんじゃないですか?」
「張り切って、昨日の夜から煮込みました」
「すみません。私が外で話したくないと言ったから……」
「いえ? 俺は二人きりでじっくり話せて良かったですよ?」
わざと、『二人きり』と強調して言った。彩さんは少し意識したようで、目を逸らした。
「今日、俺と会うことは、溝口課長は知っているんですか?」
多分、知らない。社での様子で、わかっていた。けれど、上手いとっかかりが思いつかなくて、溝口課長の名前を出した。
「知りません」
「知ったら、怒ります?」
「どうでしょう。不機嫌にはなっても、怒りはしないと思います。束縛し合うような関係じゃないですし」
「けど、上司と部下以上の感情がなければ、いくら利害が一致しても、『大人の関係』にはなりませんよね?」
冷静に、話そうと決めていた。子供みたいに感情的になるのだけはやめようと。溝口課長が利害関係を盾に彩さんを手に入れたのなら、俺も冷静にその糸口を見つめなければ。
「そう……ですね。それなりには……好意があったんだと思います」
「俺、彩さんは溝口課長を怖がっているんだと思ってました」
「怖かった……です。けど、怖がりたくなくて……」と言って、彩さんはスプーンを置き、ミネラルウォーターを飲んだ。
「元夫が……よく怒鳴る人でした。私にだけ。溝口課長の怒鳴り声を聞くと、その頃のことを思い出してしまって……怖かったんです」
元夫が『私にだけ、よく怒鳴った』ことが引っ掛かったが、まずは黙って彼女の話を聞くことにした。
「けど、もう怖がってばかりいるのは嫌で……。強く……なりたかったんです」
一緒にいれば、免疫がつくと考えたのか?
「だから、『大人の関係』?」
「それは……」
彩さんは少し躊躇い、唇をギュッと結んでから、ゆっくりと開いた。
「元夫が最後の男なのが嫌で……」
「最後の男?」
彩さんが小さく頷く。
「元夫に縛られたままなのが嫌で……」
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