最後の男

深冬 芽以

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10 女の闘い

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「『施し』って言葉の意味を知ってんのかね、その女ども」

 智也が春巻きを口に入れた。パリッと香ばしい音がする。

 左手でスマホを操作する。

「『施し』。恵み与えること。布施のこと」

「わざわざ調べる?」と言って、私も春巻きを食べた。

 今日のは上出来だ。

「で? 資料室で何があった?」

「え?」

「千堂、お前の後を追って資料室に行っただろ?」

「どうして知ってるの?」

「風間の奴、声がデカいんだよ。お前が千堂から施しのクッキーを貰ったって話してるの、筒抜けだったからな」



 だからか……。



 私がデスクに戻った時、一瞬注目を浴びた。

 好奇の視線と、嫉妬の視線、だったらしい。

「戻ってきた千堂は難しい顔をしてたし、何かあったんだろうってことは誰から見てもわかったと思うぞ」

 私はため息をついた。

「で? 何があった?」

「話の流れで、改めて好きだって言われたから、断った」

「何て言って?」と言って、智也がビールの缶に口をつけた。

「再婚する気はない、って言って」

「それで引き下がったのか?」

「多分」

「大した事ねーな」と、智也がフッと笑った。

 資料室での千堂課長を思い出し、馬鹿にしたような智也にムッとした。

「そお? 大事な事じゃない」

「なんで再婚したくないんだ? 千堂を諦めさせる口実か?」

「本心よ。私は再婚はしないの。だから、智也も――」

「元夫のせいか? 結婚は懲り懲りだって?」

 智也の強引な質問攻めに、いつも余計なことまで話してしまう。わかっているから、私は口を開く前に大きく息を吸った。

「とにかく、もう結婚はしないの!」

「ふうん……」

 智也がワンタンをちゅるっと吸い込んだ。

「さっきの話だけど」

「ん?」

「今日の様子だと、またちょっかい出してくるぞ? 千堂の取り巻きたち」

 女の執念深さというか、陰湿さはよくわかっている。だからこそ、相手にしないのが一番だと思った。

「あんまりナメられてると、仕事もしにくくなるぞ」

 なるほど、と思った。

 今はパートだから、他部署との繋がりはほとんどない。あっても、社員に頼まれて書類を届けに行く程度。

 けれど、正社員になれば経費精算やら休暇の申請なんかで総務部に行くし、他部署と連携して仕事をすることもある。

「ケンカしたって仕事がやりやすくなるわけじゃないと思うけど」

「ケンカしろとは言わねーよ。けど、ちょっと釘を刺しておくくらいは必要かもな」

「釘、ねぇ」

 男と女では違うからな、と思った。

 あの子たち相手じゃ、金づちを振り下ろす間も与えてもらえなそうだ。
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