最後の男

10 女の闘い

１

「家庭教師……ねぇ」

　明らかに不機嫌そうに、智也は言った。

　甘いセックスの後のピロートークには相応しくない、他の男の話。

「で？　堀藤さんもまんざらではない、と」

「そういう言い方、する？」

「何て言われても、気がないならすぐに断るだろ」

「そうね。若い男に好きだと言われて、素直に嬉しかったのは確かね」

　意地悪に、意地悪で返してみる。　

「あんな風に真っ直ぐに好きだって言われたの、初めてかも……」

「……お前、どういう恋愛してきたんだよ」と言って、智也が自分の顔を支えていた腕を伸ばした。

　私は頭上から滑ってきた彼の腕に、頭を乗せた。智也が肘を曲げて私の頭を肩にずらす。

「元旦那は、好きだとも言わなきゃ、イカせてもくれないようなクズだったのかよ」

「違う意味で……クズだったかな」

「違う意味……？」

　私は身体の向きを変え、ベッドの下に散らかった下着と服を拾い上げた。

「さ、お昼にしよ」

「昼飯、何？」

「誰かさんのせいで遅くなっちゃったから、簡単にピザトーストで」

「チーズたっぷりで」と言って、智也も起き上がる。

　子供みたいだな、と思った。

「じゃ、自分のは自分で作ってね」

　私なんかに頼まなくても、智也自身何でもできる。ある程度使われていそうな調理器具を見れば、わかる。

「智也は結婚したら、奥さんに専業主婦になって欲しいの？」

　サラミを切りながら、聞いた。

「いや？　別に」

「なら、私に言った『帰ったら部屋に明かりが点いていて、温かい食事が出来ている生活』になるとは限りませんよね？　共働きなら、早く帰った方が食事の支度をすることになるでしょう？」

「まぁ……、そういうことになるか？」と言って、切ったサラミをつまみ食いする。

「なら――」

「そういう生活がどんなものか、知りたかったんだよ」

　智也はサラミとコーンを食パンにのせた。

「家族で晩飯を食うってどんなかな、と思ってさ」

　たっぷりのチーズをのせ、ピザソースをかける。

「どういう意味？」

　以前、ご両親のことを聞いたら『親はいない』と言った。亡くなっているのだろうか、と思っていた。



　もしかして、智也が幼い時に亡くなっていて、一緒に過ごした記憶がない？



「あ！　違う違う」と、智也が言った。

「死んでないよ」

「え？」

「前に『親はいない』って言ったのは、『いないも同然』って意味」



　いないも同然？



「もう十五年くらい会ってもいないし、どこにいるかもわかんねーから」

「それって――」

「だから、俺の家族は姉さんだけ」と言って、私の手元のサラミを、また口に入れる。

「ほら、早く作んないと、サラミなくなるぞ」

「え？　やだ！」

　私は慌ててサラミを食パンにのせた。