最後の男

深冬 芽以

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8 アプローチ

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「僕は堀藤亮です」と、亮君が俺に自己紹介をした。

「僕は千堂隼せんどうはやとです」

「真です。母がいつもお世話になっています」と、真君も続けた。

「真、そこまで言わなくていいから」

「なんで。お母さんはいつも言うでしょ」

「子供は言わなくていいの」

「俺も言いたい!」と、亮君が会話に割り込む。

「言わなくていいから!」

「お母さん、どうしてお世話されてるの?」

「もうっ! その話はいいから」

 俺を置き去りにして軽快に進む三人の会話を聞いていたら、フッと笑ってしまった。

 彼女がこんなに話すのを、聞いたことがない。

「すいません。騒がしくて」と、堀藤さんが言った。

「いいえ」と、俺は答えた。

「お母さん、お腹空いた!」と、亮君が彼女の腕を引っ張って言う。

「ハンバーグ食べたい!」

「いいね。ハンバーグ」

「千堂さんも食べる?」

「え?」

「一緒に食べる?」

 亮君の言葉にギョッとた。それは彼女も同じだった。

「亮。千堂さんは忙しいから――」

「一緒に連れて行ってくれるの?」

 しゃがんで、亮君に一緒に行けないことを伝えようとする彼女の言葉を遮って、俺は聞いた。

 チャンスだ、と思った。

 このチャンスを逃したら、次はあるかわからない。

「いいよ! ね、お母さん」と、亮君は満面の笑みで言った。

 彼女は明らかに驚き、困惑していたが、この際それは無視した。

「良く知らない人とご飯を食べるの、嫌かな?」と、真君に聞く。

「遠慮しないで言っていいよ」

 真君は俺をじっと見て、答えた。

「嫌じゃないです」

「あのっ、課長!」

「すいません、勝手に。ご一緒させてもらったらだめですか?」

 断られたらどうしようかと内心ではビクビクしていたが、それを悟られないように笑顔で隠した。

「最近、一人で飯食うの味気なくて」

 それは、事実。

 一年程彼女がいなくて、一人の休日には慣れたものの、一人の食事は侘しくなってきた。

「けど、子供たち……うるさいですし、落ち着いて食べられないと思います」

「堀藤さん。迷惑ならはっきり言ってください」

「そんな……迷惑では――」

「おかーさん! 早く行こう!!」と、亮君が再び彼女の腕を引く。

「ちょ、ちょっと待って」

「お店は決まってるの?」と、俺は真君に聞いた。

 亮君と歩く彼女の後ろを、真君とついて行く。

「いえ。映画に出て来たハンバーグが美味しそうだったって、亮が急に言い出したので……」

「そうか。真君は他に食べたいものがあるの?」

「別に……」

 真君と話しながら、頭の中では美味しいハンバーグの店を思い出していた。株を上げるチャンスだ。子供と、子供の胃袋を掴めれば、次に繋がるかもしれない。

「あ! カレー、好きじゃない?」

「好き!」

 亮君が振り返って言った。目を輝かせて。

「真君は?」

「まぁ……、好きですけど……」

「カレーとハンバーグが美味い店を知ってるんだけど、行ってみない?」

「行きたい!」

 よほどカレーが好きなのか、亮君はお母さんの手を離し、俺の手を握った。

「行きたい!!」と、もう一度言う。

 可愛いな、と思った。
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