最後の男

深冬 芽以

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7 彼女の素顔

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 羞恥心や恐怖心を忘れさせ、久し振りに『女』としての悦びを思い出させてやるつもりが、いきなり翻弄された。

 咥えたがる女はいたけれど、あそこまで余裕がなくなるほど感じさせられたことはない。

 今も、そうだ。

 絶妙なタイミングで俺の動きに応え、絶妙な具合で締め付ける。

「お前……良すぎだろ……」

 彩がニッと笑った。俺を見下ろして。

 その表情は、会社で見せる愛想笑いでも、子供と話していた時の穏やかな微笑みでもなく、男を弄ぶ女の嘲笑。

 その笑みに、背筋が寒くなる。

 だからだ。

 彼女より先に達してしまったのは、俺のせいじゃない。

「んん――っ!」

 彩の腰を押さえ、俺の腰を突き上げ、これ以上ないほど深いトコロで果てる。

 一分ほどそのままで余韻に浸り、呼吸を整えてから、彼女の腰を離した。

 彼女はゴムが外れないように指で押さえて、抜いた。

「で? 何が問題なんだ?」

 俺は起き上がり、ゴムを外しながら聞いた。

「何の話?」

「恋人にならない理由」

 彩はフイッと顔をそむけ、パジャマを羽織る。

 昨夜から、すぐに脱ぐんだから着るなと言っても、終わる度に着る。そして、俺が脱がす。

「俺はお前のこと、気に入ってるぞ」

「……都合がいいから、でしょ」

「深読みし過ぎだ」

「じゃあ、どうして最初からそう言わなかったの?」

 背後から彼女を抱き締める。やっぱり、パジャマが邪魔だ。

「何をこだわってるんだよ。『恋人ごっこ』から『ごっこ』を外すだけだろ。たいした問題じゃない」

「なら、外さなくても大した問題じゃないでしょ」

「彩」

「もう……男に振り回されるのはご免なの」

 振り回されているのは俺の方だ。

「それに、課長は結婚したいし、子供も欲しいんでしょう? なら、私相手に時間を無駄にしない方がいいでしょ」

 低く、抑揚のない声。

 拒絶され、正直ショックだ。

 そして、ショックを受けている自分に驚いた。

「課長、ヤメロ」

「だから――」

 彩の顎をグイッと引き寄せ、唇を重ねた。

「『ごっこ』でも、今のお前は俺の恋人だろう?」

 彩のことは気に入ってる。好きだ、と思う。

 けれど、愛してる、と言えるほど彼女のことを知らない。

『ごっこ』を始めて一か月。

 彼女の作る飯にすっかり胃袋は肥えていた。

 彼女との会話も楽しいし、身体の相性もいい。

 この二日間一緒にいて、垣間見える彼女の素顔に驚かされもしたし、惹かれもした。

 拒絶されれば、ショックも受ける。

 この感情が、愛情なのか、独占欲なのか、思い込みなのか、俺自身よくわからない。

 彩は俺をどう思っている……?

「彩、せめて二人でいる時は名前で呼べ」

「……」

 固く閉じた唇に舌を這わす。

 犬や猫のようにペロペロと舐めていると、徐々に唇が開く。

「彩」

「ん……」

「名前」

 唇から顎へと、舌を滑らせる。

「……と……も……」

「聞こえない」

「…………」



 ホント、変なところで頑固だな。



「あーや!」

 パジャマのボタンに手を掛けた時、彩が両手で俺の頭をしっかと抱き締めた。

「智也……」

 耳元で名前を囁かれ、想像以上の興奮に顔が熱くなる。



 本気になりそうだ――。



 俺は力いっぱい、彩を抱き締めた。
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