最後の男

深冬 芽以

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2 二歳年下の上司

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 俺と彼女が一緒に退社した時の千堂の顔を、女性社員たちに見せてやりたかった。

 状況が掴めず、呆然としていた。

「じゃ、行くか」と、俺はわざと言った。

 千堂に誤解されるのを心配して、事情を話すかと思ったけれど、彼女は何も言わなかった。

「お疲れさまでした」と、千堂に挨拶しただけ。

 少し、気分がいい。

「自虐趣味でもあるんですか?」

 俺の車の助手席に乗った彼女が言った。

「なに?」

「わざと誤解されるような言い方をしましたよね?」

「それが自虐行為だと?」

「私なんかと噂になるなんて、屈辱でしょう?」

 彼女は俺が最も嫌いな言葉の一つを言った。

『私なんか』と。

「それは、『あんたなんか』と食事に行く俺に、失礼じゃないか?」

 彼女が何か言う前に、俺は少し乱暴に車を動かした。

 どうしてこんなに腹立たしいのか、わからない。

 確かに彼女は俺の嫌いな言葉を言ったけれど、それは俺の問題だ。いつもなら相手に一線を引いて終わる。

 けれど、今は無性に腹が立った。

 千堂だって怒るだろう。

 自分が惚れてる女が、自分を卑下するような事を言ったら。



 俺は彼女に惚れているわけではないが……。



 ホテルまでの三十分は無言で、到着してようやく彼女が言った。

「すみません。折角お付き合いくださったのに」

「自虐趣味があるのはあんただろ」と、俺はシートベルトを外しながら言った。

「万が一、今日のことが噂にでもなったら、自分が俺を誘ったことにするつもりだろう」

「そんなこと――」

「生憎、俺は女に守られて喜ぶ性分ではない」

 シートベルトで逃げられない彼女に覆い被さった。その瞬間、彼女の身体が石化した。

「誰かに聞かれたら『強引に食事に誘われて、無理やり抱き締められた』と言えばいい」

「そんな――」

 ちょっとからかうつもりだった。俺らしくないけれど、本当に軽い気持ちだった。

 けれど、彼女の柔らかさや、甘い香りが心地よくて、久し振りの人肌が恋しくなった。

 まつ毛が触れるほどの距離で三秒ほど見つめ合い、それが必然化のように、顔を近づけた。

 唇同士が触れる数ミリ手前で、今度は俺が石化した。

 彼女がじっと俺を見ている。

 キスしようとしてガン見されたのは初めてだ。

「寂しいバツイチ女になら、何をしても許されると思ってます?」

 低く、落ち着いた声。

 背筋がぞっとした。

「悪かった」

 俺はパッと身体を離すと、彼女のシートベルトを外した。

「やめるか、食事」

「課長が……そうしたいなら」
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