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1 五歳年下の上司
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しおりを挟む「ならば、近藤さんにもそう言ってあげたらいいと思います。あんな風に大声を出されたら、言葉は頭に入ってきません」
『思います』と言っていた彼女が、そこだけは断言した。
「課長が苛立って大声を出してしまうのがわざとではないように、ミスをしてしまうのも泣いてしまうのもわざとではないと思います」
今度は『思います』と言った。
「どうだかな。泣けば許されると思っているかもしれないだろう?」と、課長が大きなため息をつく。
彼女の身体が、ギュッと強張った気がした。
「そういう……人もいるかもしれません。でも……、そうじゃない人もいるんです」
「そうじゃない人?」
「男の人の……怒鳴り声が……その人にとってどれほど怖いか……は、その人にしかわからない……ので……、決めつけるのは良くないと思います」
課長は彼女をじっと見て甘いコーヒーを一口飲むと、口を開いた。
「――あんたは俺が怖いか?」
「え?」
「あんたも俺が怖いか?」
嫌な予感がした。
いつもの溝口課長なら、他人の批評など気にしない。社内で何を噂されようと、仕事に影響がなければ構わない。
こんな風に、自分をどう思うかなんて、聞いたりしない――。
堀藤さんが『怖い』と言ってくれることを願った。そうして、課長が彼女を突き放せばいい、と。
けれど、彼女は少し困った顔をして、それから課長を真っ直ぐに見た。
「怖くありません」
それを聞いた課長はニッと口角を上げ、カップをシンクに置いた。
「ブラックで淹れ直してくれ」
「は……い」
「それから、明日は暇か?」
はぁ? と言いかけて、なんとか呑み込んだ。
「休日出勤、出来るか?」
「溝口課長、堀藤さんは平日勤務のパートさんで、お子さんも――」
「近藤がミスした見積書は、月曜の朝までに先方にメールしなきゃならない。あの様子だと、誰も俺と休日出勤はしたくないだろう?」
俺の言葉を最後まで聞かず、課長が言った。
「あんたはタイプも早いし、正確だ。そして、俺を怖がっていない」
『子供がいるので休日出勤は出来ません』と言って欲しかった。けれど、またもその願いは一蹴された。
「十時から三時までで良ければ、出来ます」
出来ちゃうのかよ……。
俺は心の中で肩を落とした。
「じゃあ、頼むわ」
溝口課長はそう言って、給湯室を出て行った。
彼女は甘いコーヒーをシンクに流し、スポンジでカップを洗う。
「堀藤さん。無理しなくていいんですよ? お子さんもいらっしゃるし……」
俺はまた、彼女の背中に言った。彼女は振り向かず、けれど少し首を回して俺に言った。
「大丈夫です。明日は、子供たちはいないので」
「え?」
「明日は……父親のところに行く日なので……」
父親……?
ああ、別れた旦那か……。
「なので、大丈夫です」
「そう……ですか……」
今日、遅くまで残業しても週末は休もうと考えていた。が、気が変わった。
俺はデスクに戻ると、風間に週末は休んでいいと伝えた。
彼女と溝口課長が二人で休出なんて、家で寝ていられるはずがなかった。
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