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8.まさかの再会で……

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 なぜ、大貴が答えるのか。

 大貴を見ると、入って来た時は無表情だったのに、今は怒りに満ちている。

 それなりに長い付き合いだが、奴が感情を表情に出しているのを見るのは片手で数えるほどで、その一回が今だ。

「え? 誰ですか?」

 須賀谷が聞いた。

 俺も聞きたい。

 いや、大貴が大貴なのは知っているが、そうではなくて。

 夏依を見下ろす大貴と、大貴からの視線を避けるように俺から視線を逸らさない夏依。

 夏依が自分を見ようとしないことに一瞬、ほんの少しだけ唇を震わせて目を伏せた大貴が、須賀谷を見据えた。

「夏依の兄だけど」

「……え? でも――」

「――は!?」


 大貴が夏依の兄!?


 確かに、兄がいると夏依は言っていた。

 だが、名字が違う。

 それに、大貴から妹がいるなんて聞いたことがない。

 事実だろうかと夏依を見ると、唇を震わせていた。

 大貴と同じ仕草だが、その意味は全く違って見える。

 大貴のそれが寂しそうだとしたら、夏依のは怒っているよう。

「いや! だってこの人が夏依さんのお兄さんでしょう? 金曜日にそう言って――」

「――兄の俺が兄だって言ってるんだけど」

 須賀谷はわけがわからず、眉間に皺を寄せて俺に向けた指を下げられずにいる。

「じゃあ! 金曜日のは――」

「――ねぇ、バカなの? 兄の俺がお前を夏依の相手とは認めないって言ったんだ。それが全てだろ」

 須賀谷の顔から爽やかさが消えた。

 手を下ろし、唇をひん曲げて大貴を睨む。

「三十すぎた女の結婚に兄の許可なんかいらないでしょ」

「じゃあ、なんで認めろとか言ったの。許可が欲しかったんじゃないの?」

「それが一応の筋だと思ったから――」

「――そもそも、夏依はあんたを好きじゃないって言ってる」

 大貴は、歯に着せる衣を持っていない。

 友達がほぼいない理由のひとつであり、最大の理由。

 まるで嫌われたがっているんじゃないかと思うほど、冷たくて尖った剛速球をストレートでぶち込んでくる。

「あんたもだろ。夏依を好きなら『三十すぎた女』なんて言わないし、こんな公衆の面前で困らせるようなことはしない」

「~~~っ!」

 須賀谷は言い返すことができない苛立ちを、テーブルにぶつけた。

 両手をバンッとテーブルに叩きつける。

 夏依の肩がビクッと強張り、俺はその肩に触れた。

「帰ろう」

 夏依が頷く。

 須賀谷が血走ったまなこをカッと見開いて俺を見る。

「待てよ! あんたは何なんだ! 金曜は兄だと――」

「――頭だけじゃなくて目も記憶力も悪いんだ?」

 大貴が追い打ちをかける。

「バカにするな! 間違いなくその男が――」

「――もういいよ。あんたの視力も記憶力もどうでもいい」

 大貴がため息を吐く。

 心底どうでもいい、くだらないと言うよりイラつく奴のため息の威力は、俺もよくわかっている。

 夏依が尻の横のバッグを持って立ち上がった。

 須賀谷と向き合い、深く頭を下げる。

「須賀谷さん、ごめんなさい。私はあなたとは結婚できません。結婚を前提にお付き合いすることもできません。今日のように業務中に他の職員に聞こえる声でプライベートなお話をされるのも、帰りに待っていられるのも、もうやめてください」

「なんで!? 結婚、したいでしょう?」

「結婚したいからと言って誰でもいいわけじゃないですし――」

「――仕事辞めてもいいですよ? 専業主婦させてくれる男なんて、最近はそういないですよ?」

 わからん。

 須賀谷の言っていること、いや言葉の意味はわかるのだが、その言葉で何を伝えたいのかがわからない。込められた気持ちも。


 そもそも、気持ちなんてあるのか?

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