上 下
63 / 76
7.元上司が恋人になりました

しおりを挟む
 彼の手を借りてバスタブの中に落ち着くと、投入された入浴剤がお湯をピンクに染めてくれて、ひとまず丸見えを回避できた。

 ふぅとひと息つきながら、すぐ横でシャワーを浴びる篠井さんをチラ見してしまう自分の好奇心が恨めしい。

 致す気がないのに気にするのは、彼にも失礼だ。

 私はふいっと壁側に顔を向けた。

 シャワーの音が止む。

「俺はどっちに座ったらいい?」

「え?」

「前? 後ろ?」

 そこまで考えていなかった。

 だから、考えた。

 前だとお互いに膝を立てて座る必要があり、かなり窮屈。

 後ろだと狭いなりに足は伸ばせるが密着する。

「後ろだな」

 私が答えを出すより先に、篠井さんの決定が下った。

「ほら、ちょい前」

 肩を押されて、私はおずおずと前のめりになる。

 篠井さんが私の背後に立ち、しゃがむと、膝が私の肩にぶつかった。

「やっぱ狭いな。もうちょい前」

 お風呂でセックスどころの話ではない。

 狭くてバスタブに落ち着くのもひと苦労。


 一緒に入るなら、もっとお風呂が広くなきゃ……。


 篠井さんの足の間で、篠井さんに寄りかかる格好で落ち着いたものの、気持ちは全く落ち着かない。

 背中に感じる彼の素肌や、脇からぬっと伸びる逞しい腕、なによりお尻に当たっている立派な息子さんの存在感が半端ない。

「なぁ」

 背後から聞こえる低い声が、反響して色っぽさを増している。

 お風呂は一人がいいなんて言っておきながら引きずり込んだことに、何か言われるのではと身構える。

「はい」

「いい大人なんだし言わなくてもわかるだろって感じなんだけどさ」

「はい」

「いい大人だからこそ、選択肢が多いから誤解のないように確認しときたい」

「……はい」


 お風呂に関してではない?


「俺は夏依と真剣に付き合いたいと思ってる」

「は……い」

 さっき、篠井さんが元カノに『恋人ができた』と言ったことを思い出す。


 私が篠井さんの恋人……。


 なんだか照れくさい。というか、信じられない。

 尊敬する上司で、四年も連絡を取っていなくて、再会してまだ一ヵ月。

 とはいえ、その一ヵ月は寝食を共にしてきたわけで、特殊な状況だ。

 好きになるのに時間は関係ないと言うけれど、それにしても――。


 ん? 好きになるのに?


「真剣て言うのは――」

「――あああ~~~っ!」

 浴室に響く自分の声の大きさに驚き、ハッと手で口を押える。

「どうしたっ!?」

 篠井さんが私の顔を覗き込む。

「大事なことを忘れていました」

「なんだ!?」

 首を捻って彼を見る。

「私、篠井さんのこと好きです」

「……はい?」

「篠井さんは言ってくれたのに、私は言ってなかったと気づきました。すみません。最中はそれどころじゃなかったと言うか、言ったつもりでも正確な発声と発音ができる状態ではなかったと言うか、とにかく――っ」

 顎を掴まれたと思ったら、有無を言わさずキスされて、半端に開いたままの唇の隙間から舌を挿しこまれた。

「んっ――」

 反対の手が私のお腹を抱き、そのせいで息子さんともさらに密着する。

 心なしか、息子さんの背が伸びて筋肉質になっている。

「三か月後にプロポーズする」


 ……ぷろぽーず?


「……誰に?」

「おい、ふざけてんのか」

「そうじゃ――」

「――羽崎夏依。三か月で俺と結婚してもいいか考えろ」


 命令!?


 ぐいっと身体を捻って篠井さんと向き合う。

 腰が痛んだが、今はそれどころじゃない。

「いや! 篠井さん、結婚する気なかったんじゃ――」

「――気が変わった」

「はい!?」

「結婚を前提に真剣に付き合おうと言おうと思ったが、たった今気が変わった。三か月だ。三か月経って夏依の返事がイエスなら、即役所に行く」

「はあぁぁぁぁぁっ~!?」

 反響した自分の声に鼓膜が破れるんじゃないかと思うほど大声で、叫んでしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...