サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

文字の大きさ
上 下
61 / 120
7.元上司が恋人になりました

しおりを挟む
 確かに。

 横向きに抱き上げられたら、どうしたって腰が曲がる。

 今は彼の腕にお尻をのせて首に抱きつく格好で、腰への負担は少ない。

 だが、子供みたいだ。

 初めて男の人に抱き上げられたのに文句は言えないが。

「あ、着替え持って来てないな」

「え? あ――」

「――出たらすぐ呼べよ」

 お風呂の前でゆっくり下される。

 お風呂は一人で入りたい、と言ったのは私。


 確かに私だけど、なんだか――。


「篠井さん、身体冷えてますね」

「え?」

「風邪ひきますよ」

「すぐに着替えるから大丈夫だ。気にしないでゆっくり入っていいぞ」

「でも――」

「――ほら、お前こそ風邪引くから早く入れ。あ、洗濯物は――」

 篠井さんは悪くない。

 むしろ、私を気遣ってくれてる。

 わかっているのに、どうも釈然としないというか、モヤるのはなぜだろう。

「――じゃあ! 入ります。ひとりで!」

 私は抱えていた洗濯物を篠井さんに押し付けると、バスルームに飛び込んだ。

 ほわんと温かな空間でほうっとひと息つく。

 気持ちを切り替えてシャワーのコックをひねろうとして、鏡に映った自分が目に入った。

 左胸の膨らみに小さな赤い痕に気づいて、急に昨夜のあれこれがまざまざと思い出されて恥ずかしくなる。

 と同時に、くだらないことで悶々としている自分があまりに子供みたいで情けなくなった。

 篠井さんはストレートに私を好きだと言ってくれた。

 鬼とかドライとか誰のことだよ、と思うくらい甲斐甲斐しく世話してくれた。


 私、小さいな……。


 体格や胸のことではない。

 いや、篠井さんの元カノに比べれば小さいのだが、そうではなくて気持ちのこと。

 振り返ると、ドアの向こうに人影があった。

 もちろん透明なドアではないが、肌色と白が揺れ動いているからわかる。

「篠井さん?」

「……なぁ」

「はい」

「ちょっと確認しときたいんだけど」

「はい」

 そういえば、さっきも同じことを言いかけていた。

「お前は俺――っくしょい!」

 肝心なところで盛大なくしゃみ。

 私は迷わずドアを開けた。

 いつかの卓のように裸でくしゃみの情けない男でいてほしくない。

 まぁ、何人もの前で真っ裸で泣きじゃくっていたあの時とは状況がまるで違うのだが。

「夏依!?」

 いや、違わない。

 今度は私が真っ裸で、しかもドアを開けた瞬間冷気に撫でられてぞわぞわっと鳥肌が立つ。

「っくしょん!」

 驚く篠井さんの前で、今度は私がくしゃみ。

 まったく、どこまでも格好がつかない。

「早くあったまれ」

 篠井さんが私の肩を押して、バスルームに戻れと促す。

 私はその彼の腰に巻いたバスタオルを豪快に引き取ると、ドアの前に放った。

「うぉい!?」

 篠井さんは何事かと、暴かれた自分の下半身を覗き込む。

 当然、私も顎を引いて斜め下に視線を向けた。


 あら、思ったほどじゃない?


 いや、決して小さいとか並とか平凡とか言うつもりはない。

 何度も言うが、私もそう何人もの息子さんを目撃してきたわけではない。

 ただ、昨夜のあれそれを考えると、それほどでもなかったということだ。

「見すぎじゃね?」

「え?」

 顔を上げると、篠井さんの呆れ顔。

「見栄じゃないけどな? 今はちょっと寒くて委縮してるけど、本来は――」

「――っくしょん!」

「おい!? マジで風邪ひくから早く風呂に入れ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

処理中です...