サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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7.元上司が恋人になりました

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 なにせ、昨日の圧迫感というかフィット感というか重量感というかがすごかった。

 どんなのがああなったのか、は知的好奇心をくすぐる。

「夏依」

 そんなこんなを考えていたら、ドアのすぐ向こうで声がした。

 そして私は、覚悟を持って目を見開いた。

「水飲む――」

 ベッドから眼光鋭く見つめる私を見て、篠井さんが立ち止まる。

 手にはミネラルウォーター、腰にはバスタオル。

 別に期待していたわけじゃないからガッカリもしない。

 ちょっとだけ、興味があっただけ。

「――飲みます!」

 まさかガン見しようと待ち構えていたなんて気づかれたくなくて、食い気味に言ってしまった。

「おう。ほら」

 キャップを回して外した方を差し出され、されたことのない気遣いに居た堪れなくなる。

「破廉恥な私ですみません」

「は?」

「いえ、独り言です」

 自分のボトルのキャップを外しながら、篠井さんが笑った。

「相変わらずでけぇ独り言」

 どれほど喉が渇いていたのか、私も篠井さんもほぼ一気飲み。

「夏依」

 飲み終えたボトルをベッド脇のローチェストの上に置くと、それまで立っていた篠井さんが私の横に腰掛けた。

「確認しておきたいことがある」

「はい」

 怠い腰を起こして姿勢を正す。

 私はタオルケットで胸を隠し、篠井さんはバスタオルで腰を隠すという、なんとも緊張感のない格好ではあるが、彼の言葉のハリというか声色トーンに緊張感をもった。

「言葉が全てではないとわかってはいるが――」

 ピロピロピロッ、ピロピロピロッ。

 篠井さんのスマホが鳴りだす。

「――後でそういうつもりではなかったと――」

 ピロピロピロッ、ピロピロピロッ。

 篠井さんは無視して続けるが、私は着信音が気になって彼の言葉が頭に入ってこない。

「――やはり意思確認は――」

 ピロピロピロッ、ピロピロピロッ。

「――篠井さん、アレどうにかしませんか」

 お互いにスマホを気にしているのに気にしていない体でいる不自然さに耐えかねて、私は言った。

「出るまで電話してくるんじゃないです?」

 私を見たままだが、篠井さんの耳と意識はスマホに向いているのがわかる。

 彼ははぁっと深いため息をついてから、立ち上がった。

 いまだドアの脇で丸くなっているコートを持ち上げ、ポケットからスマホを取り出す。

「はい」

 たった二文字に込められた不機嫌さのわかりやすさと言ったら。

「いい加減にしろ。俺はもう――」

 元カノが何を言っているのかまでは聞こえないが、捲し立てるように高めの声で何かを訴えているのは聞こえる。


 ヨリを戻したいってことなんだよね? やっぱり。


 あんな別れ方をした恋人に謝りたい理由なんて、未練しかない。

 篠井さんが思うより、元カノは篠井さんを好きだったのかもしれない。


 じゃあ、なんで浮気したのかって疑問は大きいけど。


 魔が差したとか、一瞬の誘惑とか気の緩みとか、そういう理由にならない言い訳を並べるのは簡単だ。

 だが、それが罷り通ると思ってはいけない。

 篠井さんは、自分勝手で筋が通らないどころかタコかイカかと思うほど捉えどころのない、要するにグダグダした人間が大嫌い。

 話を聞いた限り、篠井さんが好きになった元カノは筋の通った、通らなそうな筋も通してしまう強気な女性だったようだが、今や時間もお構いなしに我を通そうと必死なイタイ女だろう。

 その証拠に、篠井さんは彼女の言葉を聞きながら相当苛立っている。


 あ、キレる。


 私がそう思ったのと、篠井さんが口を開いたのはほぼ同時。
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