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6.嫉妬のあまり……

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 改札を抜けながら、電話をかける。

 また、すぐに出た。

『お兄ちゃん? ごめんね、先に帰ってきちゃった』

「羽崎、男と一緒か? しつこくされてんのか?」

『うん。会社の人に送っていただいてね?』

「すぐ行くから、マンションの場所は教えるなよ」

『わかった。マンションの裏のロー〇ンにいるね』

 マンションの裏にコンビニはない。

 ロ〇ソンがあるのは、駅とマンションの中間地点の大通り沿い。

 俺は全力疾走した。

 居酒屋を出た時に持って出たジャケットを着るのも忘れて、ワイシャツ姿で走った。

 さすがにこの時期にジャケットも着ないで外を歩く人はいないから、目立っているが気にしなかった。

 これだけ走れば、暑いくらいだ。



 くそっ! 最近運動不足だったから、思うように足が動かない。


 しかも、酒が入っている。


 昔はもうちょい早く走れたのに――!


 こんな時に老いを感じるとは思わなかった。

 だが、立ち止まるわけにはいかない。

 羽崎がいるであろうコンビニの看板が見えてきた。

 周辺を見ても、それらしい人影はない。


 どこに――。


 ちょうどコンビニからマンションに向かう道の街灯の下に、人影がふたつ。

 随分と密着しているように、というか影はぴたりとくっついて見える。


 羽崎!


 俺は最後の力を振り絞って走った。


 駅の階段を駆け下りて駆け上がったのが堪えてるな……。


 みっともないほどぜぇぜぇ言いながら、寄り添う影が羽崎じゃないことを願いながら走る。

 だが、悪い予感ほど当たるもの。

「本当にもう――」

 二人まで五十メートルほどの場所で、羽崎の声が聞こえた。

「せめてマンションの前まで送らせてください」

 声しか聞こえないが、確かに若くてイケメンそうだ。

 目を凝らすと、男は羽崎の肩を掴み、抱きしめようとしているように見える。

「は――」

「軽い気持ちじゃありません! 本気で夏依さんと結婚したいと思ってるんです!」


 ――――っ!

 仕事も半人前のくせに、なにが結婚だ!


 鞄を持つ手に力がこもる。

 この鞄で思いっきりぶん殴ってやりたい。

 だが、警察沙汰はごめんだ。

「お気持ちは嬉しいのですが――」

 はっきりと羽崎の声が聞こえ、俺は思わず声を上げた。

「――夏依!」

 だが、ほんの〇・何秒遅かった。

 須賀谷が羽崎の肩を抱き寄せ、自身は身を屈めて彼女に顔を寄せる。

 唇同士が触れあうのと、俺が羽崎を呼んだがほぼ同時。


 ―――――っ!!


「夏依!」

 俺は須賀谷の肩を掴むと、思いっきり引っ張った。

「わっ――」

 驚いた須賀谷がバランスを崩して羽崎から手を離す。

 転びこそしなかったが、よろけた須賀谷を押し退けて、俺は羽崎を抱きしめた。

「しの――」

「――大丈夫か? 夏依」

「羽崎さん!」

 須賀谷が体勢を立て直して、俺の肩を掴む。

 だが、俺は両足にしっかりと力を入れて立ち、羽崎のことも離さない。

「あんた――」

「――お前、俺の夏依に何した」

「俺のって――」

「――お兄ちゃん!」

 羽崎の声で、須賀谷がパッと俺から手を離した。

「お兄ちゃん?」

 不本意だが、兄妹設定のようだ。

 俺は須賀谷を睨みつけたが、奴は街灯の影になる場所に立っていて、そのイケメンさがよく見えない。

「こんな場所で夏依に何してんだよ」

「すみません。でも、俺、本気で夏依さんのこと――」

「――ガキが夏依に近づくな!」

 俺は羽崎の肩を抱いたまま、歩き出す。

 チラッと背後を見たが、須賀谷は立ち尽くしていて追いかけてはこない。

 念のため、マンションの手前の角を曲がり、追いかけてこないか確認する。

「篠井さ――」

 肩を抱いたままの羽崎が、か細い声で俺を呼び、俺の袖をきゅっと握る。

「あんな男がいいのか?」

 小声で聞くと、羽崎は首を振った。

「じゃあ、なんで一緒にいるんだよ」

「……っ」

 怯えさせるつもりじゃなかったが、肩を竦める羽崎を見て自分の狭量さに呆れる。

 俺は羽崎を抱きしめた。

 肩と腰を強く抱く。

「心配させるな」

「ごめんなさ――」

 俺は彼女を離すと手を引いて駐車場側の入口からマンションに入った。

 エレベーターの中でも無言の俺を、羽崎は不安気に見上げていた。

 俺の頭の中では、さっき見た、羽崎の影が須賀谷の影と重なる光景が大スクリーンで静止画として映し出されていた。
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