サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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6.嫉妬のあまり……

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 カチャッと金属音がして、俺は玄関に走った。

 ドアが開き、羽崎が俺を見て目を丸くした。

「篠井さん?」

「おかえり」

「ただいま。どうしました?」

「いやっ!?」

 声が上擦った。

「出来たぞ、おでん」

「ありがとうございます」

「おでん、食うか?」

「? はい」

 時間的に無理なことはわかっているのに、羽崎が男と食事を済ませてきたのではと気になって聞いてしまう。

 なに、焦ってんだよ……。


 着替えに部屋に入る前、羽崎が立ち止まってバッグからスマホを取り出した。

 画面をチラリと見て、すぐに部屋に入った。

 俺はダイニングテーブルに鍋を運び、蓋を取った。

 湯気と一緒に部屋中におでんの匂いが広がる。


 そういや、手作りのおでん食べるの久しぶりだな。


 コンビニで買うことはあっても、こうして鍋で煮込んだものはいつぶりか。

 腹の虫が鳴った時、着替えた羽崎が「いい匂い~」と言いながら持っているスマホをカウンターに置いた。俺の隣に。伏せて。

 その瞬間、ヴヴヴッと小さく震えた。

 羽崎はその理由を確かめるべく再びスマホを手にし、画面を見てすぐに戻した。

 羽崎のスマホは基本、沈黙している。

 友達付き合いが少ないようで、メッセージが届いて返信しているのを見たことがない。

 いや、俺と一緒にいる時にスマホを持っていること自体が珍しい。

 そんな羽崎に、この短い時間で二度も何かしらの連絡があった。

「味噌だれ作りますか?」

「ん? あ、いや、俺はいいかな」

「じゃ、明日にしましょう」

 てきぱきと皿や茶わんを並べて、おでんをつつき始める。

 とすぐに、また羽崎のスマホがカウンターの上でカタカタ震えた。

 彼女は、今度は無視をした。

「あ、そういえば今日、谷さんから電話番号を預かりました」

「電話番号?」

「はい、経費精算にいらした時に。今度飲もう、って。後で――」

 また、羽崎のスマホが小さく動く。

 二人でスマホを見て、羽崎が何も言わないから無視した。

「――後でメモを渡しますね」

「ああ」

 また、羽崎のスマホのバイブ音。

「メッセージか?」

「多分……」

 羽崎はなぜか気まずそうで、俺はそれが気になった。

「見なくていいのか?」

「……」

 決して見ろと言ったわけではないのだが、羽崎は見た。

 そして、困った表情かおをして、電源を切った。

 サイドボタンを長押ししていたから、そうだと思う。

「あ」

 羽崎がスマホをカウンターに戻して、小さく発した。

 なぜか、咀嚼を中断して身構える。

「すいませんでした」

「なにが?」

「玉子、忘れちゃって」

「玉子?」

「はい。今朝、ゆで卵作ろうと思ってて忘れたんです」

「ああ。いや、別に――」

「――好きじゃないです?」

「いや? 好きだけど」

「私もです。今度は入れますね」


 今度……。


 羽崎が、当然のように二人の食卓が続くような言い方をしたことに、なんだか脇腹をくすぐられたようなむず痒さを感じた。

 俺は、羽崎との同居生活を気に入っている。

 見る限り、羽崎もそうだと思う。

 つまり、俺が言った『一緒に暮らしてお互いに無理だと思った時は、すぐに出て行く』というルールはクリアだ。

 だが、俺は言った。

『羽崎に新しい恋人ができたらすぐに出て行く』

 これは、予測不能だ。

 仮に、電話の声の男が羽崎に惚れているとしたら、羽崎が付き合いをOKした時点で同居生活は終了となる。

 それでいいと思った。ひと月前は。

 羽崎に恋人ができるまでに部屋を探せばいい、と。

 だが、このひと月、俺は新しい住まいを探していない。まったく。

 羽崎の幸せを願う反面で、この生活がずっと続けばいいと思っている。


 あ~あ……。


 ふと過る、男に跨る香里の姿。


 羽崎は違うとわかってる。だが……。


「あ、餅巾着はひとつずつですからね」

 そう言って餅巾着を頬張る羽崎。

 俺は、羽崎に電源を切らせたメッセージの主が電話の男で、羽崎が決して好意を持たないようなイケメンでも優秀でもなければいいなと思った。
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