サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

文字の大きさ
上 下
45 / 120
6.嫉妬のあまり……

しおりを挟む



『――が来まし――、夏依さん』

 男!? と思った瞬間、電話が切れた。

 別に、羽崎が男といたって不思議じゃない。

 俺はたった今言われた通り、ちくわやこんにゃく、水餃子なんかを大根入りの鍋に入れて、火をかけた。


 あ、玉子はないんだな……。


 ゆで卵は好きじゃないという人もいる。

 羽崎もそうかもしれない。

 あるいは、忘れただけかも。

 どちらにしても、いい。

 俺は玉子が嫌いじゃないが、小さな鍋に水と玉子を入れて火にかけるという、たったそれだけのことをなぜかやる気になれない。

 弱火にして、着替えに部屋に行く。


 帰りが一緒になった会社の奴かもしれない。


 ジャケットを脱いでハンガーに掛ける。


 元カレか!?


 敬語だったし『さん』付けしていたから違うだろう。


 名前呼びの時点で同僚じゃないよな。


 羽崎を名前で呼ぶ男が、元カレ以外にいるのだろうか。


 声、若かったな。


 駅にいるらしく周囲はざわついていたが、聞こえた声は若く元気が良さげだった。


 つーか、あんなにはっきり聞こえたってことは、かなり距離が近いんじゃ……。


 スウェットに着替えて、ワイシャツと靴下を持って洗面所に行く。

 洗濯は各自でと決めたのだが、いつからか下着以外は一緒に洗うようになっていた。

 俺が間違えて洗濯機に入れてしまったのが始まりだったが、羽崎は嫌な顔をしなかった。

 洗面所の鏡に映る自分を見て、羽崎と一緒に働いていた頃よりも随分とくたびれた気がすると、少し落ち込んだ。

 はぁっと深いため息をついてから、顔を洗う。

 台所に戻っておでんの様子をうかがった。

 火力を中にして、ぼうっと鍋の前に立つ。

 カウンターに置いたスマホが鳴り、何を期待してか急いで手に取った。

 非通知の着信。

 昼間もあった。

 仕事中で出られなかったが。

「はい」

『……光希』


 香里!?


 聞き取りにくいが、間違いない。

「なんの用だ」

『話が――謝りたいの。会って』

「結構だ」

『お願いよ。私――』

「――切るぞ」

 俺は、女に優しい男じゃない。

 だが、ここまで冷たい男でもない。

 香里相手とはいえ、羽崎が聞いたら幻滅されるだろうか。
 

 いや、今更か……。


 あんな裏切られ方をしたとはいえ、翌日には違う女の家に転がり込んだ俺に、今更幻滅もしないだろう。

 そう思えば、いくら元上司とはいえ、婚約者に裏切られた翌日に男を泊める羽崎も大概だが。

 信頼関係にあると言えば聞こえはいいが、異性として認識されていないのはちょっと凹む。

 だが、羽崎との心地良い暮らしを壊してまで、意識させようとは思わない。

 とか言って、俺ががっつり意識してんのはどうなのよ……。

 経理部だった羽崎をスカウトした時は誓って、健全に若いのにガッツがある女だと見込んでだった。

 ある時、彼女の泣き顔を見て、可愛いと思ったのも確かだが、だからって鬼と呼ばれる俺がコロッと態度を変えるわけにもいかず、可愛い部下として接した。

 そういや、羽崎はなんで経理に戻ったんだ……?


 俺が退職する時、後任に羽崎の優秀さは伝えた。

 後任の補佐に着かなくても、彼女自身一人前に企画を打ち出せる能力と技術は身についていた。


 勿体ねぇ、の。


 鍋の蓋がカタカタ揺れ出して、俺は火を弱めて蓋を取った。

 軽く混ぜて、また蓋をする。

 かまぼこたちが膨張しているところを見ると、十分火は通ったようだ。


 まだか……?


 俺は火を止め、スマホの通話履歴を見た。

 電話したのはニ十分前。

 そろそろ着くだろう。

 適当な皿をテーブルに並べながら、待つ。

 と、ふと思った。


 電話の男と一緒なら?


 見ず知らずの男と羽崎が向かい合って食事している姿を想像し、気道が狭くなるような苦しさを覚えた。


 結婚したいって……言ってたもんな。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...