サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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5.交際を申し込まれました

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「今日は夜ご飯の準備を済ませてしまっているので、お茶をいただくだけでも構いませんか」

 嘘ではない。

 今朝、大根だけは切って茹でて、おでんのスープに浸してきた。

 帰ったらきっと、いい感じに味が染みているだろう。

 篠井さんの方が早ければ、鍋にちくわやこんにゃくを入れて火にかけてくれることになっている。

 須賀谷さんは少しだけ驚いた表情をしてから、また爽やかな笑顔に戻して頷いた。

「ありがとう。じゃあ、仕事が終わったら駅前のカフェでどうですか。これ、俺の名刺です」

 須賀谷さんが取り出した名刺の裏に、さっき谷さんが使ったペンで番号を書いていく。

「定時ぴったりで上がって、先に行って待ってます」

「……」

 私は差し出された名刺を受け取りながら、忙しい営業部で定時ぴったりに帰ることなどできるのだろうかと思った。

「じゃあ、後で」

「はい」

 須賀谷さんが立ち去った後、私は受け取った名刺の番号を見つめた。


 なんで……?


 その問いには、須賀谷さんが私を誘う理由と、私が食事を断った理由の意味が含まれていた。

 彼に好意を持たれる理由は後で聞くにしても、せっかくの食事の誘いをなぜ断ったのだろう。

 新しい恋を求めているのだから、そこは二つ返事でOKすべきではなかったのか。


 でも、初対面同然の人と食事って……。


 卓の時は行った。

 突然告白されて、後日返事をするために食事に行った。

 そこで、OKの返事をした。


 あ――――!


 思い出した。

 私が卓を好きになった理由。


 食事してみた方が良かったかな……。


 とはいえ、今更だ。

 さらに、そうは思っても手の中の番号にかける気にはなれない。


 だって、おでん……。


 おでんは好きだ。

 味が染みた大根も卵もこんにゃくも好き。餅巾着もちくわも。


 篠井さんは餅巾着好きかな……。


 今夜、須賀谷さんの食事を断ったのは、単におでんが食べたいから。

 他意はない。

 そんな風におでんのことばかり考えていたら、十七時を過ぎた頃にはお腹が空きだした。

 私は定時の合図が鳴るなり机の上の筆記具を引き出しに片付けて立ち上がる。

「お先に失礼します!」

 足早に駅前のカフェを目指す。

 須賀谷さんよりも早く着きたかった。

 指定されたカフェはガラス張りで薄暗いながらも通りから店内が見える。

 駅を利用する会社の人も大勢が通る道で、大勢が利用する店だから、できるだけ店の奥の席に座りたい。

 早くカフェに着きたいわ、早く帰っておでんを食べたいわで、どれほど気が急いていたのか、カフェに着いた時には軽く息が上がっていた。

 はぁ、と大きく息を吐き、ゆっくり吸ってから店内を見回す。

「羽崎さん!」

 割と大きな声で呼ばれて、ついでに手を挙げて居場所を知らせたのは、もちろん須賀谷さん。


 はやっ!


 定時ぴったりに上がって全力疾走でもしたのだろうか。

 それにしては汗ひとつないどころか、仕事を終えた後のくたびれた感すらない爽やかさ。



 恐るべし、二十代男子……。


 それよりも、席だ。

 わざとかと思うほど窓側の中央。

 これでは、会社の人たちに見せつけるようだ。


 私明日、会社で刺されるのでは……。


 だが、もう、仕方がない。

 彼の元に行く前に飲み物を注文しようと、ペコッと頭を下げてくるりと反転し、レジでアイスコーヒーを注文した。

 そして、スマホのアプリで決済用のバーコードを表示させた時、背後から伸びてきた手がトレイに五百円玉をのせた。

 振り向くとすぐ間近に須賀谷さん。
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