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5.交際を申し込まれました
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篠井さんはなぜか少し驚いた表情をしてから「お前が買ったのだろ?」と笑った。
確かに、と思ってすぐに「持って来てくれて、ありがとうございます」と付け足した。
彼は、ははっと笑って缶を開けた。
その、少し子供っぽい笑顔がまた私の知らない篠井さんに見えて、なんだか照れくさい。
「篠井さんが人生ゲームにかなり弱いことはわかりました。結婚への道のりが険しいことも。というか、私はスタートラインにも立っていないんですよね。一緒にスタートを切る相手を見つけられていないのでエントリーもできて――」
「――まて。お前は何の大会に出場する気だ」
篠井さんのペースに合わせたつもりが、ちょっと方向を間違えたようだ。
サワーをあおって、仕切り直す。
「私としましては、ああいう形で卓に裏切られて恋愛や結婚を諦めるのは非常に不本意ですので、今後も己を律して精進し――」
「――汚職発覚後の政治家みたいだな」
「……」
「ま、わかったよ。羽崎は母親を見返したいんだな」
「見返す?」
そんな風に思ったことはなかったから、少し違和感のある表現だと思った。
私はただ、母親の言った『大人になったらわかる』の意味を知りたいだけ。
大人になって、結婚したい相手ができたら、母親が私を捨てた理由に納得できるような気がして。
「違うのか?」
篠井さんがビールを飲み、濡れた唇を手の甲で拭う。
「母親とは違って、私は幸せな結婚をして、子供を捨てるような母親にはならないわ! って言ってやりたいのかと思ったんだが」
幸せな結婚……。母親……。
その言葉もまた、違和感。
結婚したいほど好きな人ができたら、とは思っていたけれど、その先がイメージできていなかった。
篠井さんにどんな家庭築きたいかを聞いたのも、自分の結婚生活をイメージしたかったからかもしれない。
そう思うと、自分がいかに浅はかな考えで卓と付き合っていたかを思い知った。
卓に浮気させたのは、私かもしれない――。
卓は私に愛されていなかったと思っていて、私はそれを否定したけれど、やっぱり間違いだったかもしれない。
卓と結婚してもきっと、母親の気持ちはわからなかったろう。
それどころか、こんな生活のために私を捨てたのかと、勝手に落ち込んでいたかもしれない。
私も、最低……。
「元カレはお前が母親を見返せるほどお前を幸せにしてくれた気がしないから、次はお前が遠距離なんて耐えられないと思えるほど好きになれる恋人ができたらいいな」
「そう……ですね」
「ああ」
少しだけ、胸の奥で鈍い痛みを感じた。
篠井さんは私の幸せを応援してくれているだけなのに、なぜか突き放されたように思えた。
でも、違う。
私と篠井さんは同志のようなものだ。
同じ傷を抱え、助け合い、励まし合う同志。
私も、彼の幸せを願うべきだ。
だから、そう言った。
「篠井さんも、切磋琢磨してお互いを高め合えるドライな関係を築ける女性と出会えるといいですね」
「……そうだな」
気のない返事。
しばらく女性はいいと言っていたから、今はソノ気になれないのだろう。
余計なことを言ってしまったなと思い、気分を悪くしていないだろうかと心配になって見ていると、篠井さんの視線が缶から私に向けられた。
何か言いたげにじっと私を見て、私もまた彼から目を逸らせない。
ほんの数秒だけれど、やけに長く感じた。
それでも、気まずい沈黙ではなくて。
私はこうして、篠井さんと向き合う時間がもう少し続けばいいなと思った。
確かに、と思ってすぐに「持って来てくれて、ありがとうございます」と付け足した。
彼は、ははっと笑って缶を開けた。
その、少し子供っぽい笑顔がまた私の知らない篠井さんに見えて、なんだか照れくさい。
「篠井さんが人生ゲームにかなり弱いことはわかりました。結婚への道のりが険しいことも。というか、私はスタートラインにも立っていないんですよね。一緒にスタートを切る相手を見つけられていないのでエントリーもできて――」
「――まて。お前は何の大会に出場する気だ」
篠井さんのペースに合わせたつもりが、ちょっと方向を間違えたようだ。
サワーをあおって、仕切り直す。
「私としましては、ああいう形で卓に裏切られて恋愛や結婚を諦めるのは非常に不本意ですので、今後も己を律して精進し――」
「――汚職発覚後の政治家みたいだな」
「……」
「ま、わかったよ。羽崎は母親を見返したいんだな」
「見返す?」
そんな風に思ったことはなかったから、少し違和感のある表現だと思った。
私はただ、母親の言った『大人になったらわかる』の意味を知りたいだけ。
大人になって、結婚したい相手ができたら、母親が私を捨てた理由に納得できるような気がして。
「違うのか?」
篠井さんがビールを飲み、濡れた唇を手の甲で拭う。
「母親とは違って、私は幸せな結婚をして、子供を捨てるような母親にはならないわ! って言ってやりたいのかと思ったんだが」
幸せな結婚……。母親……。
その言葉もまた、違和感。
結婚したいほど好きな人ができたら、とは思っていたけれど、その先がイメージできていなかった。
篠井さんにどんな家庭築きたいかを聞いたのも、自分の結婚生活をイメージしたかったからかもしれない。
そう思うと、自分がいかに浅はかな考えで卓と付き合っていたかを思い知った。
卓に浮気させたのは、私かもしれない――。
卓は私に愛されていなかったと思っていて、私はそれを否定したけれど、やっぱり間違いだったかもしれない。
卓と結婚してもきっと、母親の気持ちはわからなかったろう。
それどころか、こんな生活のために私を捨てたのかと、勝手に落ち込んでいたかもしれない。
私も、最低……。
「元カレはお前が母親を見返せるほどお前を幸せにしてくれた気がしないから、次はお前が遠距離なんて耐えられないと思えるほど好きになれる恋人ができたらいいな」
「そう……ですね」
「ああ」
少しだけ、胸の奥で鈍い痛みを感じた。
篠井さんは私の幸せを応援してくれているだけなのに、なぜか突き放されたように思えた。
でも、違う。
私と篠井さんは同志のようなものだ。
同じ傷を抱え、助け合い、励まし合う同志。
私も、彼の幸せを願うべきだ。
だから、そう言った。
「篠井さんも、切磋琢磨してお互いを高め合えるドライな関係を築ける女性と出会えるといいですね」
「……そうだな」
気のない返事。
しばらく女性はいいと言っていたから、今はソノ気になれないのだろう。
余計なことを言ってしまったなと思い、気分を悪くしていないだろうかと心配になって見ていると、篠井さんの視線が缶から私に向けられた。
何か言いたげにじっと私を見て、私もまた彼から目を逸らせない。
ほんの数秒だけれど、やけに長く感じた。
それでも、気まずい沈黙ではなくて。
私はこうして、篠井さんと向き合う時間がもう少し続けばいいなと思った。
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