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4.過去は忘れて……

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「やっぱり! お前も浮気してたんじゃねーか! 真面目そうな顔して――」

「――お前が夏依を裏切ってくれたおかげで、口説けたんだ」

 そう言うと、篠井さんは顔を傾け、私の首にキスをした。

 さっきとは違う。

 確かに、触れた。

「――っ」

 ちゅっと唇を押し付けて、すぐに離し、また口づける。

 突然のことに固まってしまった私だけれど、次第にくすぐったくなって肩を竦めた。

「夏依は俺が幸せにするから、お前はあの女とよろしくヤッてたらいい」

 そうだ。

 卓にはあの女がいる。

 一時の遊びだったとしても、セックスの相手をしてくれる女がいるのだから、それでいいのではないだろうか。

 なぜ、何度も乗り込んでくるほど私に執着するのか。

「あの女とは、そんなんじゃない! あっ! そうだ! 写真! 写真を消してくれ!!」


 写真?


 あの女も言っていた。

「拡散なんて真似はしねー――」

「――頼む! 消してくれ!!」

 卓は一体、何をしに来たのだろう。

 私に許しを乞いに来たと思ったが、今は写真を消せと必死だ。

 確かに、他人が自分の裸の写真を持ってるなんて嫌だろうが、それだけだろうか?

「わかったよ」

「え?」

 篠井さんが私を離す。

「夏依、スマホは?」

 私も篠井さんから離れて立ち上がり、スマホを取りにリビングに行き、戻った。

 差し出された篠井さんの手にスマホを渡す。が、すぐに戻された。

 私は顔認証でロックを解除し、また篠井さんに渡す。

 篠井さんが何度か画面をタップして、卓に画面を向けた。

 私からは見えないけれど、写真を消すのを見せているのだろう。

「これでいいか。気が済んだら、さっさと帰ってくれ」

「まだだ! 俺は夏依と――」

「――お前に夏依は返さない」

 うんざりだった。

 卓はわがままを言って駄々をこねているだけ。

 いつまでこの押し問答を続けるのか。

 驚きや恐怖、呆れ、嫌悪。そして、怒り。

 この数日であらゆる感情に目まぐるしく翻弄され、いい加減疲れた。

 肉体的にも、だ。

 今日は、篠井さんの引っ越しをした。

 私は重いものを運んだりしていないが、それでも疲れた。

 そして、お酒も飲んだ。

 で、倦怠感と睡魔。

 とまぁ、色々と並べたが、ようはもう面倒くさくなったのだ。

「卓、二度と来ないで」

「夏依、頼む! もう一度だけ――」

「――無理。もう、顔も見たくない。さっきも、キスされて気持ち悪かった。もう無理」

「気持ち悪いって――」

「――帰って!」

 限界だった。

 もう、一瞬でも早く出て行ってほしい。

「気持ち悪いってなんだよ!」

 卓が前のめりになって私に手を伸ばす。

 私は思わず彼に背を向けて俯き、目を閉じた。更には、手で口を覆う。

 また、キスなんてされたらたまらない。

「触るな!」

 卓が私に触れるより先に、篠井さんが卓の手から私を庇うように立ちはだかった。

 そして、私が顔を上げた時には、篠井さんによって部屋の外に追い出された卓の顔がドアの隙間から一瞬見えただけで、すぐに消えた。

 バタンッと勢いよくドアが閉まり、即座に鍵とドアロックがかけられる。

 私はこの家の中から卓がいなくなってようやく、深く息を吸い込めた。

 その場にずるずるとへたり込み、壁にもたれて蹲る。

「大丈夫か!?」

 篠井さんが膝をつき、私の背中に手を添えた。

 ゆっくりと息を吐き、吸う。

 唐突に卓にキスされたことを思い出し、篠井さんを突き飛ばして洗面所に駆け込むと、うがいをした。何度も。

「悪い。ちょっと、遅かったな」
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