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2.サレた者同士で……
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しおりを挟む「私にも、卓から電話……きてて――」
「――なら、尚更ひとりで出て歩くなよ」
「だって、まさか、ここまで来るとか思わなかったし」
本当に、意味がわからない。
もし、篠井さんがいなかったら、私はどうなっていたのだろう。
殴られていただろうか。
部屋に押し入られて、閉じ込められていたのだろうか。
そう考えると、ゾッとする。
身体が小刻みに震え出し、寒さまで感じる。
「しかも女連れ、ってどうなってんだよ」
「わかんな――」
「――だよな」
「篠井さん」
「なんだ」
「篠井さんの元カノがここに来ることはないですよね」
「ここを知らないからな。GPSでも――」
「――ですよね。……ん?」
GPS? ジーピーエス? じーぴーえす……。
「いやいやいやいや」
篠井さんの声が上擦っている。
「篠井さん」
「落ち着け、大丈夫――」
「――私は何も言ってませんが」
「……」
顔を上げようとしたら、頭に顎を乗せて阻止された。
「痛いです」
「見んな」
「見ません」
「嘘だ」
「腹心の部下を信じないんですか」
「元、だろ。しかも、なんだその昭和臭い言い方は」
「平成生まれです」
「知ってる。てか、俺もだ」
「早生まれですもんね」
「よく知ってるな」
「腹心の部下ですから」
「元、な」
「こだわりますね」
「ああ。俺は部下を抱きしめたりしない」
「……なるほど」
職場恋愛ほど業務効率を低下させるものはないと、よく言っていたのを思い出した。
恋愛? 誰と誰が?
自分の思考に自分で突っ込みを入れる。
これは、相互扶助――じゃなかった、相互救護だ。
決して、甘い感情などない。
甘いといえば――。
「静かになりましたね」
「ああ。帰ったみたいだな」
「……」
震えは止まっている。寒くもない。
なのに、私は篠井さんにしがみついたまま。
篠井さんも、私を抱く腕を緩めない。
が、篠井さんが何やらごそごそしているのはわかる。
スマホの電源切ったな……。
事故物件でビビる人だ。
元カノにGPSで見張られているとなれば、夜は一人でトイレに行けないだろう。
「そういえば――」
「――ん?」
「事故物件の話ですが」
「なんで今!?」
「いえ、気を紛らわそうかと」
「紛れねぇよ」
「そうですか」
「だからってやめんな。気になるだろ」
「どっちですか。面倒くさいですね」
「……」
篠井さんの顎が私の頭のてっぺんから移動した。
「羽崎」
「はい」
「お前、結構胸あるのな」
デリカシー、誰か篠井に、おしえてよ。
「……殺人です」
「言うなよ!」
「嘘です」
「はぁ!?」
私としたことが、自分で考えたフレーズが気に入らないあまり、子供染みた嘘をついてしまった。
私は、篠井さんの腕を離して、彼の身体を押し退けた。
「おっぱいタイムはおしまいです」
「エロい言い方すんなよ」
「先にエロいこと言ったのは――」
篠井さんがぱっと両手を上げた。
「――感想を述べたまでだ。押し付けてきたのはお前で、俺が揉んだわけじゃない」
「触ったが揉んでいない、とか開き直ったチカンのニュースを見たことがあります」
「元カレの恐怖に震える可愛い元部下を安心させたいという、男心がわからないのか」
「男じゃないのでわかりません。ついでに、元部下を思いやるなら男心ではなく上司心でしょう」
「そんな単語は聞いたことがない」
「ええ。私もです」
なぜかお互いにムキになって、早口な上に語尾が強い。
なぜか。その理由はすぐにわかった。
ふたりのお腹の虫が同時に鳴った。
盛大に、豪快に、大迫力で。
「……」
「……」
私と篠井さんは顔を見合わせた。
それから、笑った。大爆笑だ。
「冷めちまったな、ピザ」
「ですね。チンしますか」
「だな」
篠井さんが立ち上がり、私に手を差し出した。
私はその手を掴み、立ち上がる。
「ビールもぬるくなっちゃいましたね」
「だからって氷は入れないぞ」
「当たり前です」
「羽崎」
「はい?」
篠井さんの手が、私の手を握る。
「警察に行くか」
警察……。
私は篠井さんに握られた手を見つめて考える。
篠井さんという証言者がいれば、もしかしたら警察が動いてくれるかもしれない。
パトロールとか?
その程度だろう。
「いえ、もう諦めてくれたかもしれませんし」
「……そうか」
「はい」
篠井さんの手が私の手を離す。
私は彼の手が床のスマホを取り上げるのを見て、ビールの袋を拾い上げた。
ピザは篠井さんに任せて、リビングに向かう。
「羽崎」
「はい」
振り向くと、彼が私をじっと見ていた。
「ルームメイトを探してないか?」
ルームメイト?
私の返事は、お腹の轟音によって発することを許されなかった。
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