サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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2.サレた者同士で……

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「篠井さんでも? ズカズカ乗り込んで、大声で罵り倒しそうなのに」

「お前なぁ……」

 篠井さんがため息を吐くと、両手を組んで胸の前に押し当てて、その手に顎をのせた。

「こう見えて繊細なんだよ。あんなの見ちまって、しばらくは何も喉を通らないし、夜も夢に見て寝られないかも――」

「――俺はまだイッてない、とか寝言言ってませんでした? どこの誰とドコにイこうとしてたんです?」

 篠井さんが手を解いて、再びキャリーバッグを持って私を押し退け、リビングに行く。

「ジョークだよ。今の俺は一人じゃドコにもイケない、傷心ハートブレイクな――」

「――早く一人でイケるようになるとイイデスネ」

 わざと肘で軽く彼の脇腹を突いて押し退け、リビングに入る。

 電気を点けなくても、既に朝日が差し込んで明るい。

 私がこのマンションを選んだのは、リビングと寝室が南向きだから。

 寝室のカーテンは敢えて遮光にしていない。

 朝日の眩しさに目覚めたいからだ。

「へぇ、陽当たりいいんだな」

 篠井さんが黄色く輝くレースのカーテンを見ながら言った。

「なんだ。すげぇ居心地良さそうな家だな」

 疲れて眠くて堪らない今の状況では、きっと物置でもそう思うのかもしれない。

 だとしても、素直に嬉しかった。

 卓は陽当たりよりも近隣にコンビニや飲食店があるか、休日に子供の騒がしい声が聞こえるのが嫌だ、なんてことにこだわった。

 このマンションのすぐ横にはコンビニがあり、徒歩十分以内にラーメン屋とファミレスがある。公園や学校、保育園なんかはないが、学習塾とピアノ教室があることは、卓には言わなかった。

 それで、良かった。

 卓は、この部屋に一度も来なかったのだから。

「さ! 寝るぞ」

 篠井さんが首を回してコキコキさせながら言った。

「あ、じゃあ、空いている部屋に布団を――」

「――空いてる部屋?」

 私はリビングのドアを指さした。

「はい。そっちの――」

「――ここでいいよ。折角陽が入ってあったかいんだし」

 篠井さんがソファを指さす。

 ソファは窓と直角になるように置かれている。しかも、二人掛けだ。篠井さんが寝ころぶと、足がはみ出る。

「眩しくないですか? 狭いし――」

「――昼寝みたいで気持ち良さそうだ」

 篠井さんがどすっとソファに身体を沈めると、横になった。

 太陽光が篠井さんの顔面を直撃し、膝から下は完全に宙に投げ出されている。


 私の家このへやで篠井さんが寝てる……。


 不思議、というか違和感しかない光景。

 片手で腕枕、片手はお腹の上にのせられた体勢で、既に目を閉じてすっかり寝るモードの彼を見下ろしていると、その気持ちよさそうな姿にあくびが出た。

「お前も寝ろよ」

 目を閉じたまま、言われた。

 私は、所在なさげな両足を見て、言った。

「着替えなくていいんですか?」

 ジャケットこそ着ていないが、彼はスーツのパンツを穿き、ワイシャツを着ている。

 かく言う私も、だが。

「面倒くせぇ」

「そう……ですか」

 私は寝室に行き、ブランケットを持って戻り、篠井さんにかけた。

「サンキュ」

「いえ。おやすみなさい」

「おやすみ」

 シャワーを浴びたい。いや、化粧を落とすだけにしよう。

 私は洗面所に行って顔を洗い、疲れ切った自分の顔に向かってため息をついた。


 シャワー……は起きてからでいいや。


 私の寝室はリビングと繋がっている。

 篠井さんに使ってもらおうと思った部屋はリビングを出た、洗面所の前。

 ストッキングだけ洗面所で脱いで洗濯機に放り込み、リビングに戻った。

 既に胸の上の手がゆっくり上下している彼を起こさないように、そっと寝室に向かう。

 静かにドアノブを押し、ドアを開ける。

「一人で泣くなよ」

 寝ていると思った篠井さんの声に、ギョッとして彼を見る。が、彼は目を閉じたまま。

「女のすすり泣きとか夢見悪そうだろ」

 既に悪夢のような現実を経験済みだ。今更だろう、と思う。

「泣きま――」

「――うっかり慰めたくなったらマズいだろ?」


 慰める? 先輩が……?


「めそめそする女は嫌いなんじゃなかったです?」

「仕事では、な」

 篠井さんのペースについていけなくて補佐の女性が泣いた時、彼は確かにそう言っていた。

「けど、お前、もう部下じゃねぇし」

 確かに。

「部下じゃなかったら、慰めるんですか?」

「マジでお前、俺を何だと思ってるわけ?」

 さすがに言えない。昔の通り名。


 氷の細目般若……。


「おやすみなさい」

「おやすみ」

 私は寝室の内に入り、ドアを閉めた。


 慰める……?


 想像できない。

 男女問わず、泣き出した部下に舌打ちするようなモラハラ課長だった男だ。

 パジャマに着替えてベッドに横になる。


 慰める……。


 私の知る彼に似つかわしくないその光景を想像しようとしてもできないまま、私は目を閉じた。
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