サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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2.サレた者同士で……

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 驚いて立ち止まった篠井さんを置き去りにして、私はオートロックの暗証番号を押して開錠した。

 自動ドアが開き、篠井さんが慌てて滑り込む。

「事故物件、て?」

「あ、篠井さんてその手の話、苦手でした?」

「いや、苦手っつーか……。てか、その手って? どの手? どんな手?」


 苦手なんだ……。


 篠井さんの弱みを握った気がして、少し優越感が湧く。

 エレベーターのボタンを押すと、すぐに開いた。

 乗り込んで振り返ると、篠井さんがエレベーターの中を見回している。

 ホラー映画ではエレベーターに挟まれたり、閉じ込められたり、誰もいない階に止まったりするのがテッパンだ。

 それを心配しているのかもしれないと思うと、篠井さんが可愛く見えた。

「大丈夫ですよ。エレベーターはちゃんと定期点検しています」

「それ、いつだった?」

「乗るんですか、乗らないんですか?」

「ノリマス」

 扉が閉まり、上昇を開始する。

 とはいえ、三階だ。すぐに着く。

「ね? 大丈夫だったでしょ?」

「大丈夫なのが当たり前なんだよ」

「じゃあ、なにビビッてんですか」

「ビビッてねーし」


 なんだ、この小学生みたいな会話は。


 いつもなら私がボタンを押して扉を開け、篠井さんに先に降りてもらう。が、今はもう上司と部下ではないし、仕事中でもない。

 そして、何より、私は疲れていて、ここは私のマンション。

 私は無遠慮に扉が開くと同時に降りた。

 篠井さんが慌ててついてくる。


 なんだか、面白いな……。


「ここ、ひとつの階に何部屋あるんだ?」

「三部屋です」

「お前の部屋は?」

「角部屋です。隣は留守がちで会ったことがありません。更に隣のその部屋については、知りません」

 私はエレベーターを降りてすぐの部屋のドアを指さす。

「時々中から爪でドアを引っ掻くような音が――」

「――やめろ! 寒気がする」

「静かにしてください」

「お前が変なこと言うからだろ」

「人の話を最後まで聞いてください。私は『時々中から爪でドアを引っ掻くような音が聞こえるから、犬か猫を飼っているかもしれませんね。ペット可なので』と言おうとしたんです」

 突き当りのドアの前で鍵を出し、挿し込む。

「……わざとだろ」

 背後から、じとっとした視線を感じる。

「はい?」

「事故物件なんて嘘だろ」

 ドアノブを引き、やっと帰り付いた十八時間ぶりの我が家の玄関にホッとする。

「じゃあ、泊まるのやめますか?」

 振り返って軽く顎を上げ、行くところがあるのかと言わんばかりにわかりやすいドヤ顔を披露する。

「お前、偉くなったな?」

「違います。篠井さんが偉くなくなったんです」

 私は靴を脱ぎ、廊下の電気を点ける。

「もう上司じゃないですもん」

 しゃがんで脱いだ靴を端に寄せると、頭上からクククククッと含み笑いが聞こえた。

 顔を上げると、篠井さんが大口を開けて笑っている。

「だな! 今やサレた者同士だしな」

「嫌な同士ですね」

「でも、事実だ。ほら、行け。狭いんだから突っ立ってんな」

 後ろ手で玄関ドアを閉め、鍵をかけ、篠井さんが靴を脱いで部屋に上がる。

「人のお城を狭いとか――」

「――お邪魔しま~す」

 車の中では寝てると見せかけて泣いてると思ってたのにホントに寝てたし、私以上に図太いな……。


 めそめそされるよりはマシか、なんて思いながらたった数歩のリビングへの廊下を歩く。


 いや、篠井さんがめそめそする姿、ちょっと見たいかも。


 ドアを開けながら、思い浮かべてしまった。

 細目と低くて大きな声とデカい図体で恐れられていた篠井さんが、身体を丸めて泣いている姿。

「ふっ……」

 小さく吹き出してしまう。

「どうした?」

 背後頭上から覗き込まれ、私は顔を上げる。

「いえ。私たち、恋人の浮気現場に遭遇した直後にも食べて寝られるって、どれだけ図太いんでしょうね」

「確かに」

 篠井さんも笑って、けれどふっとその笑みが陰った。

「お前が居てくれて良かったよ」

「え?」

「一人じゃ、お前が心配してた事態になってたかも」

「流血事件ですか!?」

「かもな。いや、案外、玄関から先にいけなかったかも」
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