サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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2.サレた者同士で……

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 玄関に並んだ靴を見た瞬間、一緒に暮らし始めた日の香里かおりの言葉を思い出した。

『束縛し合うような関係じゃなく、尊重し合える関係になりましょう』

 恋人オンナに依存するのも依存されるのも性に合わない俺には、香里のような自立した女が似合いだと思った。

『私、恋人にしても取引先にしても、大切なのは信頼関係だと思うの。だから、あなたが女とふたりきりで食事しても、嫉妬なんかしないし不安にもならない』

 昔付き合った女は俺の塩対応が好きだと言ったが、羽崎と出張に行ったと知った途端に俺が優しくないから不安になるんだと喚き散らした。

 優しい塩対応とはなんだ? と首を傾げたことを覚えている。


 羽崎に聞いたら『塩味が強すぎたのでは? やさ塩ってありますよね』とか言われたな……。


 その女とはすぐに別れたが、香里は俺に塩だの優しさだのを求めたりしなかった。

 一緒にいて、楽だった。

 ベタベタ甘えたりしない。

 プレゼントはリクエストしてくれるから気負わずに済む。

 お高く留まっていると見られがちだが、家庭的なところもあって手料理がプロ並み。

『だからって浮気はダメよ、絶対。私は自分の男を他の女と共有する趣味はないの。私が嫉妬も束縛もしないのは、あなたが私だけの男だからよ』

 そう言って、俺の腰を抱いてキスをした香里。

 その彼女が、ドアの向こうにいる。

 恐らく、俺ではない男と。ベッドに。

「あっ……ん! んんっ!」

「一人でイクなよ。ほら」

「ダメ! もうっ!」

『恐らく』ではなく『間違いなく』になってしまった。

「篠井さん。落ち着いてください」

 ドアを睨みつけてドアレバーに手を伸ばすと、羽崎が小声で言った。

「帰れって言っただろ」

 俺も小声で言う。

「さっきは帰るなって――」

「――もう、大丈夫だ」

「大丈夫なわけないです」

 羽崎が心配そうに、俺のワイシャツの袖を掴む。

 こんなところまで連れてきておきながら勝手だが、泊めてやれる状況ではないとバッグとタクシー代を渡した。が、羽崎は帰らずに俺と一緒に家に入った。

「写真を撮ったら出ましょう」

「なんで写真?」

「え? あ、なんとなく?」

 写真は、羽崎が撮った。

 恋人の浮気現場に遭遇しながら、気丈に自分の荷物を持ち出し、証拠の写真も撮って、別れたくないと縋る男の生タマを握り上げ、自分がプレゼントしたものまで回収した。

 さすが、俺の元部下。肝が据わっていて、仕事が早くて間違いない。

 そして、今。俺は羽崎に心配されている。

「あっ! あんっ!」

「あ~、ヤベェ」

 ドア越しの嬌声が続く。

 自分たちの喘ぎ声と肌がぶつかる音、ベッドが軋む音で、俺たちの声には気づいていない。

「篠井さん、許されるのは相手の男のブツを握るか蹴り上げるまでです。あ、潰しちゃだめですよ」

 真剣な表情かおでそう言われ、思わず俺も真剣に頷いてしまう。が、すぐに「ん?」と気づく。

「いや、握らねーよ」

「じゃあ、蹴る? そうですよね。男が男のブツを――」

「――そうじゃなくて。なんで男を痛めつける方向で決まってるんだよ」

「え? だって、婚約者さんにブツは――」

「――じゃなくて!」

「ねぇ、なんか聞こえない?」

「――――っ!」

 香里の声に、咄嗟に羽崎の口を手で塞ぐ。

 口の前で人差し指を立て「シーッ」と口パクすると、羽崎が頷いた。


 いや、バレたっていいじゃねーか。


 どうせ乗り込むつもりだ。

「真っ最中に男と鉢合わせとか、やめろよ」

「変なこと言わないでよ」

「けど、お前が俺に跨ってるこの状況なら、俺は男がいるなんて知らなかったってていでイケるな」

 クククッと品のない含み笑い。

「最低ね」

「最低はお前だろ? カレシは知ってんのか? お前が風俗で稼いだ金で独立したって」


 ……風俗――?


「ちょっと! 風俗じゃないわよ!」

「似たようなモンだろ? 金持ちに跨ってたんだから」
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