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1.恋人の浮気現場に遭遇しました
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「羽崎。おい、羽崎」
耳元で聞こえる篠井さんの声に、無意識に眉に皺が寄る。
「ん……」
「羽崎!」
大きな手で肩を掴まれ、ゆっさゆっさと揺さぶられる。
「う゛~~~っ」
頭が肩の揺れについていけず、繋いでいる首がどちらをどう支えていいかわからずにミシミシ悲鳴をあげる。
「起きろ!」
息がかかるほど近くで、唾がかかるほど勢いよく大音量で言われ、私はカッと目を見開いた。
「うるさい!」
肩を掴んでいた手を離され、反動で頭を窓にぶつけた。
ゴンッと鈍い音がした。
「いっ――」
「――あ、わり。大丈夫か?」
私は左側頭部を押さえながら、座り直す。
「先輩。相変わらず声がデカいです」
「お前が爆睡してっから」
そうだ。
高速にのってすぐに眠ってしまった。
「すいません。着いたんですか?」
フロントガラス越しに見える景色に馴染みはなく、私は「あれ?」と口の中で呟いた。
「どこ?」
商業施設の立体駐車場のようだが、それより明るく、周囲の車が良く見える。
「どこ?」
「俺ん家」
「え?」
「つーか俺、お前ん家知らねーし」
「あれ?」
「引っ越したんだろ?」
「そうでした」
「さすがに眠くてヤバいから、今日は泊ってけ。起きたら送ってやるから」
泊まり!?
篠井さんはシートベルトを既に外していて、ボタンを押してエンジンを切った。
「え? いいですよ! タクシーで帰ります」
私はシートベルトを外し、急いで車を降りる。
後部ドアを開けてバッグを取ろうと手を伸ばすも、先に篠井さんが反対側から軽々と持ち上げる。
「篠井さん!」
私はドアを閉めて、私のバッグと自分のキャリーバッグを持って歩き出す篠井さんの後を追う。
ガラスの自動ドアを抜けると、エレベーターが二基並んでいた。
篠井さんが二基の間のボタンを押す。
「篠井さん。私、帰りますから」
「いいって。あ、言っとくけど、婚約者と暮らしてるから、その辺のことを気にしてんなら大丈夫だ」
「いや! それはそれで気にします。出張から帰った婚約者が女連れとか嫌ですよ、普通に」
「あぁ~、やっぱ? でもなぁ……」
篠井さんが首を左右に曲げると、コキコキと音がした。
「帰ります、タクシーで」
「ん~……」
チーン、という深夜でも軽快な電子音の後で、エレベーターの扉が開く。
篠井さんが乗り込み、やむなく私も続く。
彼は十階のボタンを押した。
「いくら寛大な婚約者さんでも、マズいですよ。私のせいで先輩の結婚が破談になるとか、嫌ですよ」
「大袈裟だろ。ま、怒られたら謝るさ」
「だから帰るって言ってるじゃないですか」
「でもなぁ……」
再びチーンと音がして、扉が開く。
乗った時同様に、篠井さんがさっさと降りる。
でも、私は降りずに手を伸ばした。
「バッグ、ください」
篠井さんがパーマがかったマッシュヘアの前髪をかき上げ、ため息をつく。
そして、キャリーバッグから手を離し、その手で私の腕を掴んで引き寄せた。
私を降ろしたエレベーターは閉ざされ、それを呼ぶ誰かの元へと去って行った。
三十センチ程度の距離で向かい合う篠井さんを見上げると、彼の顎と鼻の下に無精ひげが見えた。
「久しぶりに会えたんだ。積もる話でもしよーぜ」
「そんなの、日を改めれば――」
「――それに、今日はお前を一人にしたくないんだよ」
いつになく真剣な表情でそう言った篠井さんが私の頭に手をのせ、すぐに離した。
……はい!?
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