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1.恋人の浮気現場に遭遇しました
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しおりを挟む「いえ」
私は目の前のメニューを手に持ち、開く。
「新居代が何だって?」
相変わらず、地獄耳……。
「いえ?」
「この新メニュー、美味しそうだなって」
「新メニューはこっち」
篠井さんが中央に置かれた冊子ではなく一枚物のメニューを、指で押して滑らせる。
「先輩は食べないんですか?」
「迷いどころなんだけど、久しぶりだから定番でいくかな、っと」
「食に関してだけは保守的なのも相変わらずですね」
「お前は相変わらず、独りごとがでかいな。つーか、取り返せよ」
聞こえてるんじゃない……。
私は呼び出しボタンを押した。
入店時にラストオーダー十分前と言われただけあって、店内に客は数組だけ。
店員はすぐに来た。
「この、新メニューを――」
「――申し訳ございません。そちらは調理にお時間がかかるので、この時間からはちょっと……」
篠井さんの目が細くなる。
「大変申し訳ございません」
「じゃあ……」
私は篠井さんが持っているメニューの表紙にでかでかと載っているカットステーキセットを指さした。
「この人気一位ので」
「畏まりました」
「篠井さんは?」
「ああ、俺も」
「畏まりました」
店員がメニューを持って行って広くなったテーブルに肘をつき、篠井さんが水を一口飲んだ。
「お前、金ヅルにされるようなバカじゃねーだろ」
「言葉遣い」
「仕事じゃねーし、いいだろ」
篠井さんが指先でトントンと机を叩く。
「ちょうど引っ越し時期だったんでいいんです。予定よりひと部屋多くなっちゃったけど」
「ふーん。意外だな」
「そうですか? それより、篠井さんはどうなんです? 飯沼くんが言ってましたよ? 結婚するんですよね? そっちの方がよっぽど意外です」
「そうか?」
「はい。ひとりと長く続かないって言ってませんでした?」
私の知っている篠井さんは、来るもの拒まず去る者追わずで、決して愛想良くない彼を好きだと言うそう多くはない女性たちと付き合っていた。
「前は、な」
「今の彼女とは長く続いてるから、結婚するんですね」
「そ」
「おめでとうございます」
「サンキュ」
「みんなも驚いてましたよ。あ、今度お祝いしましょう。私、幹事を――」
「――お待たせしました」
店員が料理を運んできて、置いて、ササッと立ち去った。
閉店まであと十五分。
時間になったからと追い出されることはないだろうけれど、流石に最後の一組となると居づらい。
私たちは無言で黙々と深夜のステーキを頬張った。
閉店時間ちょうどに店を出ると、ドアが閉まるなり鍵をかけられ、入口の照明が落とされた。
「なんだ、感じ悪いな」
「ですね」
たった一台駐車場に残された篠井さんの車に乗り込み、走り去る。
さっき左折して来た大通りに戻り、高速の入口を目指す。
篠井さんは右手でハンドルを持ち、軽く左肩を仰け反らせた。
「寝ていいぞ」
「はい」
「泣いてもいいし」
反射的に篠井さんを見る。
当然だが、彼は私を見ていない。
だから、私は彼の横顔に言った。
「……泣きませんよ」
少し、キツイ口調になったのは、泣きたいのを我慢していると思われているならすごく嫌だと思ったから。
実際、我慢している気はない。
ただ。
ただ、少しだけ喉の奥に違和感があって、少しだけ息苦しく感じる。
それだけ。
「お前、あの男の前で泣いたことあるか?」
「ありません。泣きたくなるようなこともなかったので」
「ふ~ん」
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