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1.恋人の浮気現場に遭遇しました
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しおりを挟む「……どうでしょう。漠然とこのままいけば、とは思っていたかもしれません。でも、卓が転勤になったって聞いた時、会社を辞めてついて行くって選択肢は浮かばなかったんです」
「あの男の言い方だと、その時にプロポーズはされなかったんだ?」
「そう……ですね。当然一緒に来るだろ? みたいな感じだった気がします。今は無理って言ったら、なんか……怒ってましたけど」
赤信号で停車し、チッカチッカとウインカーの音が車内に響く。
「でも、別れなかった?」
「はい。あのマンションの入居手続きと初期費用を払ってあげたら、機嫌が直りましたし」
「はぁ!? 金出してやってたのか? 転勤なら、会社から――」
「――あ、青です」
「あ、おお」
篠井さんが信号を見て、発進させる。
そして、信号ひとつ分走って、ため息をついた。
「今までもそうやって、金出してやってたのか?」
「……」
「無言は肯定……か」
「私の方がお給料が良かったので――」
「――理由になんねぇよ」
「……男性にばかり金銭的負担が――」
「――都合が悪くなると言葉遣いが硬くなるの、変わんねぇの」
言葉を遮られて、しかも無意識に悪い癖が出てしまっていて、開いた口を閉じるしかない。
「つーか、男にばっかじゃねぇだろ。自分の住む部屋の金なんだから、お前が出すのがおかしいって言ってんだろ」
「……っ」
「いずれ一緒に住むつもりだったから、なんて言い訳すんなよ? 先のことはどうであれ、お前はお前の生活があるだろ。てめぇの住む場所にかかる金はてめぇで出すのが当たり前って話だ」
「……興奮すると言葉遣いが悪くなるの、変わってませんね」
「……」
無言の車内に、少し空気が違うラップの音楽、そして微かなエンジン音。
私は窓の外に目を向けた。
人通りの少ない時間になってしまった。
看板が消灯している店も多い。
だから、煌々とライトに照らされた看板が昼間よりひときわ目立って目に入った。
「左折してください」
「ん?」
「先輩の好きなとびっきりステーキがあります」
「お、マジ?」
すぐにウインカーの音がした。
「変わってないんですね」
「好きなものを嫌いになることって、そんなないだろ」
「……そうですね」
人ならあるけど。
予感はあった。
会いに来い、どうして来ないんだ、仕事の方が大事なのか、俺はこんなに寂しいのにお前は違うのか……。
この一ヵ月、メッセージでも電話でも散々言われた。
私はきっと、所謂恋愛脳ではない。
会えなくて寂しいとか泣いてしまうなんてことはないし、だとすると当然、寂しさから浮気するなんて発想もない。
私たちの関係が、卓からの告白で始まったからなのだろうか。
だからと言って、嫌々付き合っていたわけじゃない。
好きだった。
告白されて、お試しでいいからと行ったデートが楽しくて、三回目のデートの帰りにはキスを受け入れていた。
半同棲状態で部屋が手狭だから引っ越しして一緒に暮らそうと言われた時も、迷ったのはほんのわずかな時間で、すぐに頷いた。
部屋が決まり、入居間際となって卓の転勤がわかり、私だけが新居に引っ越した。
「新居代も私が払ったんだよな……」
「ん?」
ぼうっとしていたら、つい声に出てしまった。
篠井さんがメニューから顔を上げて私を見ている。
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