サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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1.恋人の浮気現場に遭遇しました

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 真剣な表情。

 だが、真っ裸。

 さらに、寒いのだろう。鳥肌が立っているようだ。

「俺は、お前との結婚も考えてた。だから、転勤になった時、一緒に来てほしいって言ったんだ。なのに、お前は断った。週末しか会えないのに、三週も続けて会いに来なかった。仕事を理由に、だ」

 事実だ。

 一つ目の、卓が結婚を考えていたかはわからないが。

「そして、一度の浮気も許せない。お前が俺を愛していなかった証拠だ!」

『犯人はお前だ!』とでも吹き替えられそうな、ドヤ顔。

 だが、真っ裸。

 全く以て格好がつかない。

 とはいえ、この状況で涙ひとつ流さない私もどうかと思う。

 だから、卓がそう思うのは仕方がないのかもしれない。

 けれど、違う。

「好きだったよ」

 きっぱりと言うと、卓の瞼が大きく開かれた。

「三週続けて会いに来られなくて、今日こそはと思っていたのに卓の方からキャンセルのメッセージが入って、焦ったの。いい加減、愛想を尽かされるんじゃないかって不安になって、少しでも顔が見れたらと思って新幹線に飛び乗るくらいには……好きだったよ。……過去形だけど! 浮気されて許せるほど寛大じゃないけど! それでも、好きだった!」

 言いながら、泣きそうになった。

 でも、泣かなかった。

 悔しいから。

 せめて、卓の前では泣きたくない。

 なのに、卓は泣いた。

「なら、許してくれよ! 二度としないから!」

 ハラハラと涙を流し、卓は言った。

 それはもう、ギョッとするほど大泣き。

「魔が差しただけなんだよぉ!」

 三十三歳の男が、真っ裸で、泣き叫ぶ。

 薄情かもしれないが、百年の恋も冷めるというものだ。

「えぇ~っと、どうする?」

 篠井さんが玄関から聞いた。

 その時、彼が開けて押さえているドアから冷たい風が吹き込み、卓が盛大なくしゃみをした。

「早く、服着なよ」

 そう言って、私は彼の脇を歩き去る。

「さよなら」

 洗面所から様子を窺う女性と目が合った。

 出てこないところを見ると、服を着ていないようだ。

 恐らく、寝室で脱ぎ散らかしたままなのだろう。

「待て! 頼む! 許してくれ! 夏依、頼む!」

 腕を掴まれ、振り払おうとした瞬間、目の前には卓の顔があった。

 顎を掴まれ、強引に口づけられる。

 嫌だ、と思った。

 ほんの数分前にあの女にキスをした唇で、キスをされたくないと思った。

「おいっ! やめ――」

「〇✕△□~~~っ!!」

 私は卓の下唇を思いっきり噛み、更に、むき出しのイチモツを握り上げた。

 その結果、私は卓に突き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 バッグが肩から落ちる。

 その場に蹲る卓を見下ろし、手の甲で唇を拭った。

「さようなら!」

 バッグを拾い、玄関に行く。

 スマホは、篠井さんが拾ってくれていた。

「ちょっと! 待って、写真! 消してよ!!」

 背後から女の声がしたが、当然私も篠井さんも、振り返りも立ち止まりもしなかった。

 が、玄関の靴棚の上に置かれた時計とキーケースが目に入って、私は足を止めた。

 時計を握り取り、バッグに突っ込む。

 キーケースは、さすがに鍵ごと持って行くわけにいかず、鍵をフックから外そうとしたが、この状況であっさり外せもせず、しかも鍵は三つも付いている。

 何の鍵かはわからない。

「夏依!」

 股間を押さえながら立ち上がる卓を目の端で捉え、どうしようかと焦った時、キーケースが手からすくいあげられた。
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