偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

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15.溺愛禁止

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「まぁ、とりあえず当面は旧姓のままでもいいんじゃないか? 如月さんの気持ちが変わるなり、理人の説得に応じるなりして変えたくなったらその時にそうすればいい」

 理人は不満そうだったけれど、ひとまずこの場で結論は出さなかった。

 俵姓を名乗るのが嫌なわけではない。

 ただ、ついひと月ほど前に体裁の良くない噂が流れたばかりだ。

 また注目されるのは嫌だった。

 というのは建前で――。

「気恥ずかしいですよね」

 梓さんの言葉に、私は頷いた。

 十二時少し前に、梓さんとランチに行くと出て行った専務からの内線で広報部に行った私は、大事な電話を待たなければならなくなった専務に代わって梓さんとランチに出た。

 つい数日前に一緒に食事をしたカフェ。

 梓さんの希望だ。

「『あれが御曹司の嫁だって』とか聞こえる声で言われたりするの、気にしないようにしててもやっぱり気になっちゃうんですよね。私も社内で噂が多かったんで」

「そうなんですか?」

「あれ? 聞いてませんか?」

 梓さんは今日も梅しそ冷製パスタを注文した。

 つわりが治まっても梅の酸っぱさを求めてしまうらしい。

 私も同じものにした。

 前回、それを食べている梓さんを見て、次に来たら注文しようと決めていた。

「私、社内恋愛してたんです。経理部にいた同期と。婚約もしてました」

「初めて聞きました……」

「俵さんはそんなことわざわざ言いませんよね」

 梓さんが笑ってソーダ水を飲む。

「部下に婚約者を寝取られちゃって、ついでに仕事も奪われそうになったんです」

「専務が猛アプローチしたって聞いたんですけど……」

「そう……ですね。元カレが、浮気したくせに連絡してきたりして困ってたら、皇丞が助けてくれたんです。それで、まぁ、絆された……って感じです」

 朝、専務室で言っていたことを思い出す。

「今はもう開き直ってますけど、やっぱりあちこちでジロジロ見られたり、コソコソ噂されるのは嫌じゃないですか」

「そうですね」

「まぁ、遠巻きに言われるだけなら気にしなきゃいいんですけどね? まぁ、それでも、力登くんのことまで言われたら、俵さんキレちゃいそうですよね」

「そうですね。それはさすがに……」

 店員さんがパスタを二皿運んでくる。

 私と梓さんの前に置いていく。

 梅の香りがすーっと鼻の奥に抜ける。

 私と梓さんはそれぞれフォークを持つと、綺麗に円を描きながら小高い山のように盛り付けられているパスタを崩して巻き付けた。

「いい香り」

 梓さんがフォークを口に運ぶ前に嬉しそうに微笑んだ。

 まだ、お腹は膨らんでいない。

 でも、それもあっと言う間だ。



 可愛いお母さんになるんだろうな……。



 パスタを口に入れると、甘酸っぱさが喉から鼻に抜けた。

「美味しい」

「ですよね? 毎日でも食べたいんです。つわりは終わったはずなのに、とにかくさっぱりしたものが食べたくて仕方なくて」

「それ、出産するまで続くかもしれないですよ? 私は妊娠中に無性にイチゴが食べたくて良く食べてたんですけど、それからずっと好物になっちゃいました」

 梓さんが笑う。

「ごめんなさい。うちの冷蔵庫、梅干しや梅風味のものが溢れてて、皇丞がそれを見るたびに口の中が酸っぱくなるって言ってて。その時の皇丞の顔を思い出したらおかしくて。それが続くとなったら、梅干し用の冷蔵庫を買われそう」

 小さな冷蔵庫に梅干しが詰まっているのを想像したら、私も笑えた。

 でも確かに、専務ならやりそうだ。

「俵さんもやりそうですけどね?」

「え?」

「イチゴ用の冷蔵庫」

「まさか」

 笑いながらパスタを頬張る私を、梓さんはじっと見ている。

「やりますよ。で、ネットでイチゴの年間購入して、毎週配達に設定するの。絶対やると思う」

「それはさすがに――」

「――甘いですよ。私、俵さんは皇丞の上を行くと思う」

「上って?」

「ん~~~。過保護さ?」
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