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14.社長秘書の誤算
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しおりを挟む「私以上に力登を愛してくれる?」
りとが俺のジャケットのボタンを外す。
「私がいなくなっても――」
「――りと」
ボタンごと、彼女の手を握る。
「大事なことよ」
ボタンを外す意図とは対照的な、理性的で真剣な表情。
「ベタだけど、私と力登が溺れていたら、力登を助けてほしいの」
俺は彼女の手を離した。
三つしかないボタンの二つ目を、彼女の指が解放する。
「ベタだけど、どっちも助けるっていう選択肢は?」
りとがふふっと笑う。
「そうね。あなたならできそうだわ。でも、先に力登を助けて。力登が大きくなって、水泳選手並みに泳ぎが上手くなっても」
「それは、むしろ邪魔だって怒られるんじゃないか?」
「そうかもね。それでも――」
「――わかった」
「え……?」
三つ目のボタンを摘まんだ手が止まる。
「力登を先に助ける」
りとが何を言いたいかくらい、わかる。
何を不安に思っているのかも。
どんな言葉を、約束を望んでいるのかも――。
「三十年経って俺が足腰弱っても、りとと力登が溺れていたら力登を助けに飛び込む」
「……」
「力登は真っ先にりとを助けるだろうから、溺れるのは俺一人だな」
ふっとりとの息が弾み、目を細めた。
「約束する。りとより力登を大切にする。りとが嫉妬するくらい」
「私が嫉妬するの?」
「ああ。俺に力登を取られたと嫉妬するくらい、仲のいい父子になる」
「うん」
ボタンを外し終えたりとの手が、ジャケットの合わせ目から俺の胸に触れた。
ワイシャツ越しに触れる彼女の手が、ゆっくりと肩まで這っていく。
ジャケットが肩から腕に落ち、俺は腕を抜いてジャケットを隣のベッドに放った。
「俺からも頼みがある」
「なに?」
りとの手が、ワイシャツのボタンを外す。
「いつか、力登に実の父親のことを話す時は、俺から言わせてくれ」
「……でも――」
「――頼む」
これは俺の覚悟だ。
いつか、俺とは血の繋がりがないと知った力登が、ほんの少しも不安を感じないように努力するべきは、俺だ。
俺が事実を告げた時、力登が「だから?」と聞くくらい他愛のないことだと思わせたい。
りとが頷く。
「なぁ、りと」
「なに?」
「俺はトーウンコーポレーションの社長秘書に相応しいだろうか」
「……え?」
りとの唇が開いて、何か言いかけて、閉じた。
ずっと、聞きたかった。
聞くのが怖かったが、聞きたかった。
りとに、認めてもらいたかった。
「覚えてた……の?」
「忘れられないだろ。あんな――」
「――ごめんなさい。偉そうなことを言ったけど、あの時は――」
「――知ってる。というか、最近知った」
『あなたは秘書として絶対にしてはいけないことをしたのよ』
俺が秘書課で内勤業務を経て、当時の専務の第二秘書となった時、まだ二十五歳だった。
その日は、第一秘書の先輩が体調不良で随行できなくなった取引会社の新社長就任パーティーに急遽俺が随行した。
秘書となってパーティーに随行するのは初めてだった。
当時の俺は秘書業務というものを甘く見ていた。
いずれ社長になる皇丞の片腕となると決めて入社したが、役員たちは皆父親と同じか上の世代で、緩いスケジュールで管理も楽だったし、会議資料の作成は簡単すぎてつまらなく感じるほどだった。
だから、パーティーの随行も、要は酒好きの専務が飲み過ぎないように見張る程度のことだと思っていた。
そのパーティーで、俺は主催会社社長の娘に気に入られ、会場の外に誘い出された。
もちろん、断った。
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秘書の失態で役員に頭を下げさせるなんて秘書失格だ、と。
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