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8.重ならない気持ち
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りとの出社前、朝一で俺を専務室に呼びつけた皇丞は、机に両肘を立て、口元でその両手を組み、じっと俺を見た。
社長そっくりだな……。
言えば不機嫌になるのはわかっているから言わないが。
「で?」
目元はともかく、隠した口元が笑いを隠しきれていない。
「何をお聞きになりたいのでしょう?」
「俺の秘書は安心して出社できそうか?」
『俺の』を強調して言うのは、俺を挑発するため。
朝から茶番に付き合うのはうんざりだ。
「噂についてはお知らせいたしました。本人は業務に支障はないと――」
「――俺の、秘書は優秀だな」
「そうですね。私の部下は大変優秀です」
束の間、睨み合う。
それから、皇丞が組んだ手を離し、笑いながら椅子の背にもたれた。
「俺の女、とか言えよ」
「挑発には乗らねーよ」
皇丞が足を組み、仰け反る。
「ま、いーや。で? マジなところ大丈夫そうか?」
「ああ」
「俺が守ってやるから、とか言った?」
皇丞は、梓ちゃんの妊娠を知ってからの社長のようなニヤケ顔。
「言わない」
「なんでだよ。言えよ」
「いい加減にしろ」
「格好つけてたらフラれるぞ」
俺は盛大にため息をついた。
格好……つけられる相手なら悩むか!
りとの前では、うまく格好をつけられない。
力登の存在も大きいが、なにせりとが他の女と勝手が違う。
面倒くさい女は、何より嫌いだったのに。
彼女の一喜一憂に振り回されるのが嫌じゃない自分に驚きだ。
だが、昨夜の彼女には、睡眠時間を削られた。
帰り際のりとは、明らかにおかしかった。
何かある。
噂に関してか、それ以外かはわからないが、俺を拒絶したのには、夜遅いからとか力登が起きたら困るから、なんて普通の理由とは違う何か。
聞けばよかった。
そう思うのに聞けなかったのは、今はそうすべき時ではないと感じたから。
本当に……?
年を重ね、経験を積み、多くの他人と関わると、空気を読み、他人の顔色を窺い、感情を殺し、言葉を飲み込む技を身に着ける。
思ったままを言葉にするのは、案外簡単ではない。
「用件がそれだけでしたら、失礼します」
そろそろ社長室に行かなければ。
きっとまた、ベビーグッズを物色しては、ポチリたくてうずうずしているはずだ。
俺は皇丞に背を向けた。
が、やはり向き直る。
「皇丞」
「ん?」
「何を知っている?」
「……」
ほんの少しの間が、続く皇丞の言葉の信ぴょう性を打ち消した。
「何を、って?」
白々しいとぼけ方。
だが、とぼけるということは、話したくない、話せない何かを知っているということだ。
「皇丞――」
「――お前は、何が知りたい?」
決まっている。りとのことだ。
りとが何に悩み、なぜ俺に言えないか。
「誰から、聞きたい?」
「は?」
皇丞が、椅子を回転させ、戻す。
それを、繰り返す。
「知りたいことを知って、その後は?」
「何が言いたいんだよ」
「彼女がお前に何かを隠しているとしたら、それは彼女がお前に伝える必要がないと判断したからじゃないのか」
イライラする。
皇丞の俺を試すような口ぶりも、俺の知らないりとの『何か』を皇丞が知っていることも。
「失礼します、専務」
「理人」
「なんだよ」
イライラする。
りとの様子がおかしいと気づいていながら聞けなかった自分に。
俺とりとの間にある、見えないのに決してないことにはできないガラスの壁の存在に。
「女は案外、格好悪い男が好きらしいぞ」
「は?」
腕と足を組んでふんぞり返った皇丞が、ドヤ顔で言う。
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