偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

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8.重ならない気持ち

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「――何も変わらない」

「……え?」

「過去なんてどうでもいい。現在進行形なら問題だが、生憎俺は既婚者じゃない」

「なに、それ。どうでもいいわけないでしょう? 会社の上層部に仕える秘書が不倫なんて不道徳な――」

「――してないなら、そう言え」

 イラっとした。

 なんでもお見通しって顔して、偉そうに言うから。

 ふいっと顔を背ける。

 だが、強く顎を掴まれた。

 逆らえない力に正面を向くと、キスをされた。

 ドンッと力いっぱい彼の肩を叩く。

 が、離れてくれない。

 それどころか、腰を抱かれ、更に密着する。

「んっ……」

 舌を挿しこまれ、思わず声が出た。

 強引に口内を舐め回され、引っ込めた舌も絡み取られる。

「ん~~~っ!」

 腰を抱く手が、パジャマの裾から素肌に触れた。

 さわさわと撫でられ、思わず仰け反る。

 息が苦しい。

 それに、もしも力登が起きてきたらと思うと、気が気じゃない。

 なのに、そんなことはお構いなしに、理人の手は胸まで這い上がってきた。

「――っ!」

 唇が離れ、私は彼を押し退けると、肩を上下させて浅い呼吸を繰り返す。

「噛みつくこと、ないだろ」

「やめて――っくれないから!」

 理人が指で、私が噛んだ唇をさする。

「話の途中で――」

「――してないって、言え」

「え?」

 両肩をがっちり掴まれ、真正面から見据えられた。

「不倫なんかしてないって、言えよ」

 視線を逸らせない。

 肩を強く掴まれていたからじゃない。

 瞬きすら忘れるほどじっと、私を見るから。

 時計の秒針が、ゆっくりと時を刻む。

 ほんの一瞬だけ、理人が唇を開き、すぐに閉じた。

 また、沈黙が始まる。

 彼は待っている。

 私の言葉を。

 彼が望む言葉を。

 望まない言葉を口にしたら、彼はどうするのだろう。

 そんなことを考え、打ち消した。

「してないわ」

「……」

「不倫なんか、してない」

 やっぱり、可愛くない。

 理人は私の言葉でホッとするわけでもなく、口角を上げてニヤリと笑った。

 そんなことはわかっていた、とでも言いたげに。

 理人の温かな手が私の頬に触れ、包み込んだ。

「何があった?」

「え?」

「根も葉もないデタラメかと思ったが、りとの反応を見ると何かあったんじゃないのか?」

「……」

「話したくないなら――」

「――そんなんじゃ、ない」

 目を伏せ、黙る私を見て、理人が何を思ったのかはわからない。

 けれど、私が俯いて唇を震わせたのは、辛い過去のせいじゃない。

 理人が、不倫はしていないと言った私を、なんの迷いもなく信じてくれたことが嬉しかったから。



 どうして、あなたは――。



 私は、ゆっくりと息を吐いた。

「知っているでしょうけど、倉木社長にお仕えする前の会社で、私は副社長秘書をしていたの」

 事実無根とはいえ、噂になっているのならば事実を話しておく必要がある。

 私の口から。

「副社長は当時で既に五十代後半じゃなかったか?」

 コクンと頷く。

「副社長は奥様と別居中だった。その原因は私ではなかったけれど、私と愛人関係にあることを知った奥様が家を出たのだと噂されたわ」

「それを鹿子木が知った?」

 ふるふると首を振る。

「副社長には息子がいたの。当時二十八歳で、系列会社で営業課長だったんだけど、同じ会社の受付嬢に手を出して、デキ婚したの。女癖が悪いことは有名だった」
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