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1.嫌いな女

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「東雲専務からは保育園を設立したいとお聞きいたしました。託児所よりも煩雑はんざつな条件や手続きとなりますので、俵室長のお力をお借りすることも多いと思います。よろしくお願いいたします」

 如月さんに、深々と頭を下げられる。

 俺はじろりと皇丞を一瞥した。

「そういうことだ。秘書室に在籍する以上、俵室長の部下だ。色々頼むな」

「はい」

 如月さんが頭を上げ、じっと俺を見る。

 やはり、年上には見えない。

「では、早速ですがデスクに案内します。専務室前にも机はありますが、あくまで専務が在室の場合に使用するもので、基本は秘書室が――」

 俺は型通りの説明をし、如月さんは黙って聞く。

 秘書室では、専務が連れてきた女性が何者なのかが噂されているだろう。

 人事部で大胆な人事編成が成されたのは、ほんの数年間。

 それまでは、他企業でもよくあるコネ入社が横行していた。

 その結果が、秘書検定に合格しただけのご令嬢たちと、林海《りんかい》きらりだ。

 あわよくば社長の息子に見初められて縁を繋ぎたい会社重役たちが送り込んできた、メイクとネイル、エステ事情に精通しているご令嬢たちは、毎日飽きることなく間違いだらけのタイピングや、電話応対に勤しんでいる。

 林海きらりほど悪質ではないが、決して素行がよろしいご令嬢たちではない。

 突然やって来た自分たちより一回り以上年上の、パートの専務秘書なんて、噂といじめの標的にぴったりだ。

 気が重い。



 まぁ、さすがにあんな小娘を相手にするほど弱くはないか。



 俺は重役フロアの案内を終えると、パソコンのセッティングのためにシステム部セキュリティ課の栗山欣吾くりやまきんごを呼び出し、後を任せた。

 本来は課長である彼がするほどのことではないが、大学時代からの友人でもあるし、皇丞とは俺より付き合いが長いから、奴が連れてきた秘書に興味もあるだろう。

 本人は無造作ヘアと言ってきかないが、どう見ても適当に乾かした結果のようなボサボサ頭に、顔半分が隠れる黒縁眼鏡で現れた欣吾に、如月さんを紹介し、用件を告げる。

 去り際に「そんなナリしてると、また梓ちゃんに小言言われるぞ」と言うと、欣吾はふふんと得意気に笑った。

「梓ちゃんから声をかけてくれるなんて、嬉しいね」

 皇丞が聞いたら、また不機嫌になりそうだなと思った。

 秘書室に戻るなり、お嬢様秘書が詰め寄ってきた。

「室長。専務がお連れになった方はどなたですか?」

 鼻を衝く甘い匂いに、思わず仰け反る。彼女は、何度言ってもきつい香水をやめない。

 以前、副社長秘書代理として配置したことがあったのだが、一日半で俺が呼び出された。

 渋いお茶には我慢できても、室内、社内に充満する香水の匂いに吐き気がするのは、仕事に支障をきたしてしまう。

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