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【番外編】最後の夜、最初の夜
最初の夜 -5
しおりを挟む『その、結婚式の前日だしめでたいからと、せっかく今日を結婚記念日にと言っていただいたのに、申し訳ありませんでした!』
駿介がもう一度頭を下げる。
『……いつ出したんだ』
父がボソッと聞く。
『……九月九日です』と、駿介がとても小さな声で言った。
多分、両親の耳には届いていない。
『聞こえない!』
『九月九日です!!』
『はあぁ!?』
ふんどし姿の某お笑い芸人を連想させるような父の声が、リビングに響く。
『よりによって、九月九日!? 八月八日や十月十日ならまだしも、よりにもよって九月九日!!』
結婚式を十一月十二日の日曜日にすると報告した時、父が婚姻届の提出は前日の十一月十一日にしたらいいと言った。
ぞろ目で縁起が良いからだと。
特別、結婚記念日にこだわりがなかった私たちは、了承して、その場で婚姻届の証人欄にサインをもらった。
『ぞろ目で縁起がいいなら、九月九日でもいいんじゃない?』と、私は思わず、頭に浮かんだ疑問を口にしてしまった。
怒りで真っ赤になっていた父のこめかみに、怒りの絵文字が見えた気がした。
『九は縁起が悪いだろう! 九だぞ? 苦しむの九だ! 麻衣の結婚生活が苦しいものになったらどうするんだ!!』
『昔はそう言ったかもしれないけど、現代はそんなこと――』
『縁起物に昔も現代もあるか!』
父が私を想って言ってくれているのはわかる。
私は父が三十六歳の時、結婚五年目に生まれた。待望の第一子だったらしく、父は私を溺愛した。
初めて電車で痴漢に遭った時、父は警察に行き、駅の防犯カメラの映像から犯人を特定してもらうと騒いだ。父の怒りように、私の方が『そこまでしなくても』と思ってしまったものだ。
私が士業に就いた時には親戚中に自慢した。
初めて駿介と会わせた時も、彼の年齢から私が苦労するのではといい顔をしなかったが、それでも認めてくれたのは、駿介も士業に就いたから。
父に愛されていることはわかっている。
わかってはいるが、ここまでくると、さすがにウザい。
私は小さくため息をつき、叱られるのを承知でスマホを取り出した。
ネットで九についてを検索する。
『麻衣! なんだ、父さんが話をしている最中に――』
『――四と並んで日本人が忌み嫌う九という数字は、実は中国では縁起の良い数字として好まれている。中国では、九月九日は重陽の節句として縁起の良い日とされている。また、うまくいく、を、馬九行久、と書き、万事何事も上手くいくことを意味する。同様に、幾久しく、よろしく、なども九の字に通づることから、九は縁起の良い数字と――』
『――もういい!』
検索結果を読み上げる私を制止し、父が咳払いをした。
『ちなみに、今年の九月九日は大安でした』
そこまで言って、私はスマホを伏せて床に置いた。
『それに、私と結婚して苦しむのは駿介の方かもしれないでしょう? 私が鬼嫁にならないとも限らないんだから』
あの時のお父さんの表情、思い出すと笑っちゃう。
私は一昨日のことを思い出し、声を殺して笑った。
弾んだ息がくすぐったかったのか、仰向けになっていた駿介がごろんと寝返りして、両腕で私を抱き締めた。
お父さん、私は幸せだよ。
首を伸ばして駿介の唇にキスをして、私の初夜は終わった。
駿介には忘れたい夜かもしれないけれど、私には忘れられない夜になった。
あ、起きたら陸に文句言ってやんなきゃ!
そんなことを思いながら、私は目を閉じた。
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