【ルーズに愛して】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

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18.私の身体が濡れたから

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「ドルチェをお持ちしてよろしいですか?」

 ウエイターさんに聞かれて、私は少し待って欲しいと答えた。

「美味しかった?」

「うん」

「本当?」

「うん」

 初めて見る、引きつった笑顔が可愛いと思った。きっと、社労士試験の朝よりも、指先が冷えていそうだ。

「私は、初めてここに来た時は、味なんて全然わかんなかったな」

「え?」

「四年くらい前、だったかな? 陸に割引券を貰って、あきらと千尋とさなえと来たの。みんな、こんな敷居の高い場所は初めてで、さすがに緊張したなぁ。メニューも、説明されても全然頭に入ってこないし」

 四人して、『これ、何の肉って言ってた?』とか言いながら食べた。

「お祝いなら、もっと、駿介がくつろげる場所にするのが正解だよね」

「なんで? 緊張したけど、なんか、いい経験になったって言うか? 嬉しかったよ?」

「そっか……」

 私は首元のネックレスをギュッと握った。

 それは、駿介が誕生日にプレゼントしてくれた、私のイニシャルに誕生石をあしらったもので、私は毎日身に着けている。

「憶えてる? 前に、私が高井さんに食事に誘われた時に言ったこと」

「高井さん? なんだっけ?」

「ホテルディナーに誘うのは、下心があるからだって」

「ああ。俺が誘ったらOKしてくれるかって聞いたら、いくらすると思ってるんだって笑われた」

「そう。で、私が言ったの。『Empireエンパイア HOTELホテルのディナーコースは、プロポーズのために取っときなさい』って。だから、今日はどうしてもここに来たかったの」

「え――」

「――鶴本駿介さん、私と結婚してください」

 声が、震えた。

 鏡の前で、何度も練習した笑顔も、きっと引きつってる。

 まだ、早いかもしれない。

 若い駿介には、重いかもしれない。

 それでも、言いたかった。

 駿介は目をまん丸にして、口も開いてる。

 高級ホテルには、似つかわしくない呆けた顔。

「びっくりし過ぎ」

「だって……」

 心のどこかで、手放しで喜んでくれると思っていたらしく、言葉を失う彼に不安が押し寄せる。

「私の身体を濡らせるのはあなただけだから。だから――」

「――男前過ぎだよ、麻衣」

「え?」

「社労士試験に合格したら、俺から言おうと思ってたのに」

 駿介が口を尖らせて、言った。

「格好、良過ぎだよ」

「合格してなくても、結婚したいんだもん」

「……そうだね」

 駿介が、笑った。

 私も、笑った。

「結婚しよう」

 駿介が、言った。

「うん!」

 私が、頷いた。

「あのさ」

「うん?」

「これから、部屋取れるかな」

「取ってあるよ」

「へっ?」

 レストランに入った時に、ウエイターさんからこっそり渡されたカードキーをテーブルに置くと、駿介が『やられた』って顔で笑った。

「ホント、男前過ぎだよ」

「駿介限定で、だよ」

 亀谷麻衣、三十三歳。

 二十六歳の恋人と結婚します!

--- END ---
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