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16.ひとりの夜に想うのは……
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深い事情まではわからないけれど、千尋が姿を消した事実は確かなよう。
「この、有川って奴に話を聞こう」と、大和が名刺を手に取った。
が、スマホを取り出す前に、駿介が言った。
「今日は連絡がつかないみたいです」
「なんで!?」
「奥さんと……決着をつけるって言ってたんで」
「離婚の話し合いってこと!?」
「多分」
「とにかく――」と、陸が落ち着いた声色で言った。
「――千尋がいなくなったのは確かなようだし、事情はともかく千尋を探そう」
「そうだね。うん!」と、私は頷く。
「けど、電話をしてもメッセージを送っても無反応で、どうやって探す?」
さっきから何度も電話をかけたし、メッセージも送っている。が、電話は繋がらず、メッセージは既読にならない。
「実家……とか?」と、私は呟いた。
「千尋の実家……って市内だったか?」と、大和。
「違うはず。前に、帰るのに時間もかかるし、って言ってた」
「高校の時に引っ越したって聞いたぞ? 元は札幌にいたけど引っ越して、大学で戻って来たって」と、陸。
「ああ。それ、私も聞いた。お祖母ちゃんの介護だっけ? だから、母親はお祖母ちゃんと一緒に暮らしてるって言ってた気がする」と、あきらが言った。
「で、その、千尋の実家って?」
龍也の問いに、全員が口を閉ざす。
私たち、千尋のこと何にも知らない――。
思えば、千尋の恋バナの一つも聞いたことがない。
親のことも。
飲み会で仕事の愚痴を聞くことくらい。それも、同業者の大和と話し込むことが多くて、私は再会した時に名刺を貰っただけで、千尋の会社がどこにあるかも知らない。
まあ、それはお互い様だろうけれど。
とにかく、千尋が私たち以外に親しくしている友達も、実家の場所も知らないのだから、探しようがない。
「麻衣さん」
駿介が私の耳元で呼んだ。
「コーヒー、淹れますね」
そう言って、キッチンに立つ。
私も後に続く。
駿介は食器棚を開け、何も取らずに閉めた。
「やっぱ、買って来た方がいいかな」
「え?」
「カップ、足りないよね」
言われてみたら、そうだ。
一人暮らしの部屋に、マグカップは六個もない。
「コンビニで適当に買って来ます」
「いいよ、わざわざ――」
「――買って来たら玄関に置いておきます」
「え?」
「そのまま、帰るから」
「どうして?」
「有川さんからの伝言は伝えたし、俺はもう部外者だから。いても役には――」
「――帰らないで」
私は駿介のロンTの袖を掴んだ。
「お願い。帰らないで」
「非常事態なのはわかってるけど、麻衣さんとあの人が一緒に居るのを見るのは――」
「――違うの!」
つい声が大きくなって、ハッとした。
カウンターからは死角になっていて、リビングのみんなからは私と駿介の姿は見えないはずだけど、大きな声を出せば聞こえる距離ではある。
私は駿介の袖を引っ張って爪先立ちし、彼の耳元に顔を寄せた。
「お願い。ちゃんと話したいの。お願いだから帰らないで……」
ずるいのはわかっている。
わかっていて、わざと甘ったるく囁いた。
陸とのことを、誤解されたままは嫌だった。
駿介が唾を飲み込む音が聞こえる。
「私が好きなのは――」
タイミングを計ったように、調理台の上に置いたスマホがガタガタと震えた。
千尋からのメッセージか着信ではないかと、私は素早くスマホを手に取った。
が、メッセージの相手は千尋ではなかった。
メールが一通。
DMかなにかだろうと思いながら、開く。
「え――」
お母さんからだった。
「この、有川って奴に話を聞こう」と、大和が名刺を手に取った。
が、スマホを取り出す前に、駿介が言った。
「今日は連絡がつかないみたいです」
「なんで!?」
「奥さんと……決着をつけるって言ってたんで」
「離婚の話し合いってこと!?」
「多分」
「とにかく――」と、陸が落ち着いた声色で言った。
「――千尋がいなくなったのは確かなようだし、事情はともかく千尋を探そう」
「そうだね。うん!」と、私は頷く。
「けど、電話をしてもメッセージを送っても無反応で、どうやって探す?」
さっきから何度も電話をかけたし、メッセージも送っている。が、電話は繋がらず、メッセージは既読にならない。
「実家……とか?」と、私は呟いた。
「千尋の実家……って市内だったか?」と、大和。
「違うはず。前に、帰るのに時間もかかるし、って言ってた」
「高校の時に引っ越したって聞いたぞ? 元は札幌にいたけど引っ越して、大学で戻って来たって」と、陸。
「ああ。それ、私も聞いた。お祖母ちゃんの介護だっけ? だから、母親はお祖母ちゃんと一緒に暮らしてるって言ってた気がする」と、あきらが言った。
「で、その、千尋の実家って?」
龍也の問いに、全員が口を閉ざす。
私たち、千尋のこと何にも知らない――。
思えば、千尋の恋バナの一つも聞いたことがない。
親のことも。
飲み会で仕事の愚痴を聞くことくらい。それも、同業者の大和と話し込むことが多くて、私は再会した時に名刺を貰っただけで、千尋の会社がどこにあるかも知らない。
まあ、それはお互い様だろうけれど。
とにかく、千尋が私たち以外に親しくしている友達も、実家の場所も知らないのだから、探しようがない。
「麻衣さん」
駿介が私の耳元で呼んだ。
「コーヒー、淹れますね」
そう言って、キッチンに立つ。
私も後に続く。
駿介は食器棚を開け、何も取らずに閉めた。
「やっぱ、買って来た方がいいかな」
「え?」
「カップ、足りないよね」
言われてみたら、そうだ。
一人暮らしの部屋に、マグカップは六個もない。
「コンビニで適当に買って来ます」
「いいよ、わざわざ――」
「――買って来たら玄関に置いておきます」
「え?」
「そのまま、帰るから」
「どうして?」
「有川さんからの伝言は伝えたし、俺はもう部外者だから。いても役には――」
「――帰らないで」
私は駿介のロンTの袖を掴んだ。
「お願い。帰らないで」
「非常事態なのはわかってるけど、麻衣さんとあの人が一緒に居るのを見るのは――」
「――違うの!」
つい声が大きくなって、ハッとした。
カウンターからは死角になっていて、リビングのみんなからは私と駿介の姿は見えないはずだけど、大きな声を出せば聞こえる距離ではある。
私は駿介の袖を引っ張って爪先立ちし、彼の耳元に顔を寄せた。
「お願い。ちゃんと話したいの。お願いだから帰らないで……」
ずるいのはわかっている。
わかっていて、わざと甘ったるく囁いた。
陸とのことを、誤解されたままは嫌だった。
駿介が唾を飲み込む音が聞こえる。
「私が好きなのは――」
タイミングを計ったように、調理台の上に置いたスマホがガタガタと震えた。
千尋からのメッセージか着信ではないかと、私は素早くスマホを手に取った。
が、メッセージの相手は千尋ではなかった。
メールが一通。
DMかなにかだろうと思いながら、開く。
「え――」
お母さんからだった。
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