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15.賭け
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しおりを挟む「――どうして今更? お互いに好きなら、麻衣さんが言ってた『濡れた時』にくっついてても――」
「――あの時はっ! 陸が結婚を控えていて……、私も基弘と別れてなかったし――」
「――けど、そのすぐ後に別れたんだよね? 自分が浮気したこと正直に話して」
「――っ! なんで知って――」
「――少し前に偶然、元カレに会ったんだ。それで、教えてもらった」
言うつもりはなかった。
今になって陸さんが横槍入れてこなければ、言わなかった。
「麻衣さんは別れたのに、あの人は結婚したんだ。そんな男が、今も好きなの?」
「そんなんじゃ――」
「――じゃあ、どんなんだよ?! 結婚する前に昔馴染みの女に手を出すなんて、最低だろっ! 男と別れた麻衣さんに結婚を祝福されて、笑って『ありがとう』とか言ったのかよ!? おかしいだろ! その上、離婚したからってまた麻衣さんにちょっかい出してさ。なんなんだよ? 都合良過ぎだろ! なんなんだよ?!!」
麻衣さんを責めても仕方がないことなのに、止められなかった。
いくらずっと好きだったからって、結婚を控えた男を受け入れた麻衣さんも麻衣さんだ。
そう思って、ハッとした。
俺が麻衣さんの立場だったら……?
好き好きで堪らない麻衣さんが、結婚前に一度だけ俺を受け入れてくれるとしたら、俺だってきっと拒まない。拒めるはずがない。
それだけ好きだった、ってことだよな。
麻衣さんは歯を食いしばり、両手でシャツの襟を力いっぱい掴んでいる。瞳の奥が揺れて見えた。
こんな、苦しそうな、悲しそうな顔をさせたいわけじゃない。
俺は、麻衣さんの笑顔が好きだ。
なのに――――っ!
俺は真っ直ぐ麻衣さんを見た。
「お試しでいいなんて言ったけど、やっぱりダメでした」
「……?」
「そばにいれば触れたくなるし、例え友達でも、麻衣さんが俺以外の男と話をするのも嫌だ」
「駿――」
「――だから、お試しは終わりにしましょう」
「駿介っ! 陸とは本当に――」
「――それでも! 俺は麻衣さんのこと、好きです。本気で、めちゃめちゃ好きです。だから、麻衣さんがあの人とイギリスに行くことになっても、好きでいます。あと半年……。約束の一年の間は」
「駿介……」
いつの間にか、麻衣さんの涙は頬を伝い、顎から滴っていた。
そして、今度は俺が涙を堪えている。
「迷ってるなら、あの人とシてみたらいい。感じたら、濡れたら、それは麻衣さんがあの人を今も好きだっていう確証だから」
大粒の涙で、スカートにシミが増えていく。それに拍車をかけるように、彼女はブンブンと首を振った。
「痛みを感じずにデキたら、さっさとイギリスでもイタリアでも行っちゃってください」
これ以上は我慢できそうになくて、俺は立ち上がった。
ボロボロと涙を流しながら俺を見上げる彼女は、こんな時に不謹慎だとはわかっていても、俺の欲情を掻き立てる。
だから、顔を背けた。身体を背けた。
「けど、本音を言えば、俺を捨てた罪悪感で濡れなきゃいい。可哀想だと、俺を受け入れてくれたらいいと思ってます」
どこまで情けない男なんだ、俺は。
結局、祥平や真綾の言った通り。
「俺、本当はものすごい頑固で我儘なんですよ。だから、心に他の男を住まわせてる女なんて、いらない。どんなに欲しくても、いらない」
麻衣の顔を見たら、間違いなく今の言葉全部を撤回してしまう。
お試しのままでいいからそばに居てくれ、と懇願してしまう。
だから、俺は彼女の顔を見ずに部屋を出た。
博打は性に合ってない。
だから、きっと、これが人生で最後の賭けだ。
負ける気しかしねー……。
アパートを出て、通りの向こうの公園を見た時、ついに涙が零れてしまった。
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