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14.揺れる心
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「デザートをお持ちしてもよろしいですか?」
ハッと顔を上げると、店員さんが陸の隣に立っていた。
注文したものは既に胃の中で、二杯目のウーロン茶も空。
さっき、最後の注文をした時、デザートにアフォガードを注文したあった。
「お願いします」
陸に問われる前に、言った。
「もう、肉はいいのか?」
「うん。もう、お腹いっぱい」
「そうか」
「うん」
お腹が一杯なのは事実。
油断すると背中のファスナーが裂けそうだ。
「そういや、忘年会の後で大和と飲んだんだけどさ――」
私がデザートを食べている間、陸は大和と二人で飲んだ時のことを話してくれた。
面白おかしく、私が美味しくデザートを食べられるように。
さっきだって、そう。私が箸を置くまで、食事に集中させてくれた。
仕事柄なのか、陸は人の顔色というか、表情から考えや感情を読むのが上手い。正確には、わかりやすく引き出すのが上手い。
そして、その人が楽しそうならばもっと楽しく、悲しそうならばそれを忘れるようにと、会話なり行動で示してくれる。
そういう気遣いが出来る陸を尊敬するし、好きだとも思う。
もちろん、友達として。
けれど、陸の話術に翻弄されてばかりいるわけにはいかない。
場所を移し、最上階のBarで正面に夜景を眺めながらウイスキーとチャイナブルーのグラスを鳴らした後で、私から切り出した。
「二年前のこと、憶えてたんだね」
「……ああ」
「陸、すっごい酔ってたし、朝起きたら忘れてると思った」
「夢だったのか、とは思ったよ」
陸は正面を見つめているけれど、決して夜景を楽しんでいるようではない。
「あれだけ痕跡消されてたら、な。けど、さすがに感触とか匂いとか、身体の感覚でわかる」
「私、臭かった?」と、笑いを誘う。
「何食べたっけね、あの日」
そんな風に自虐的に笑いながら窓の外に目を向けると、ガラス越しに陸と目が合った。
「甘い、香りだよ」
陸が、ガラスに映る私に言った。
「柔らかくて、温かくて、甘かった」
一瞬で、身体が二年前を思い出す。
『麻衣は柔らかいな。柔らかくて、温かくて、すげー甘い』
全身に口づけながら、陸が言った。
私は、涙を浮かべて悦んだ。
「麻衣」
ガラス越しの陸の視線から、目を逸らせない。
「俺と一緒にイギリスに行こう」
息が出来ない。
「絶対、幸せにするから」
「り……く」
「一生、俺が守るから」
『守ってあげたくて……』
不意に駿介の言葉を思い出した。
酔って駿介の部屋に泊まった翌朝、『どうして私なんかがいいの?』と聞いた私に、彼が言った言葉。
私って、そんなに弱そう?
確かに、いやらしい目つきで身体を見られるのは嫌だし、怖いとも思う。だけど、だからって、ただうずくまって泣いているわけじゃない。
「奥さんにも……同じこと、言ったの?」
言ってから、しまった、と思った。
けれど、陸は表情を変えることなく言った。
「思ったこともなかったな」
「どうして?」
「あいつは強いからな」
そう言った陸が、知らない男に見えた。
ハッと顔を上げると、店員さんが陸の隣に立っていた。
注文したものは既に胃の中で、二杯目のウーロン茶も空。
さっき、最後の注文をした時、デザートにアフォガードを注文したあった。
「お願いします」
陸に問われる前に、言った。
「もう、肉はいいのか?」
「うん。もう、お腹いっぱい」
「そうか」
「うん」
お腹が一杯なのは事実。
油断すると背中のファスナーが裂けそうだ。
「そういや、忘年会の後で大和と飲んだんだけどさ――」
私がデザートを食べている間、陸は大和と二人で飲んだ時のことを話してくれた。
面白おかしく、私が美味しくデザートを食べられるように。
さっきだって、そう。私が箸を置くまで、食事に集中させてくれた。
仕事柄なのか、陸は人の顔色というか、表情から考えや感情を読むのが上手い。正確には、わかりやすく引き出すのが上手い。
そして、その人が楽しそうならばもっと楽しく、悲しそうならばそれを忘れるようにと、会話なり行動で示してくれる。
そういう気遣いが出来る陸を尊敬するし、好きだとも思う。
もちろん、友達として。
けれど、陸の話術に翻弄されてばかりいるわけにはいかない。
場所を移し、最上階のBarで正面に夜景を眺めながらウイスキーとチャイナブルーのグラスを鳴らした後で、私から切り出した。
「二年前のこと、憶えてたんだね」
「……ああ」
「陸、すっごい酔ってたし、朝起きたら忘れてると思った」
「夢だったのか、とは思ったよ」
陸は正面を見つめているけれど、決して夜景を楽しんでいるようではない。
「あれだけ痕跡消されてたら、な。けど、さすがに感触とか匂いとか、身体の感覚でわかる」
「私、臭かった?」と、笑いを誘う。
「何食べたっけね、あの日」
そんな風に自虐的に笑いながら窓の外に目を向けると、ガラス越しに陸と目が合った。
「甘い、香りだよ」
陸が、ガラスに映る私に言った。
「柔らかくて、温かくて、甘かった」
一瞬で、身体が二年前を思い出す。
『麻衣は柔らかいな。柔らかくて、温かくて、すげー甘い』
全身に口づけながら、陸が言った。
私は、涙を浮かべて悦んだ。
「麻衣」
ガラス越しの陸の視線から、目を逸らせない。
「俺と一緒にイギリスに行こう」
息が出来ない。
「絶対、幸せにするから」
「り……く」
「一生、俺が守るから」
『守ってあげたくて……』
不意に駿介の言葉を思い出した。
酔って駿介の部屋に泊まった翌朝、『どうして私なんかがいいの?』と聞いた私に、彼が言った言葉。
私って、そんなに弱そう?
確かに、いやらしい目つきで身体を見られるのは嫌だし、怖いとも思う。だけど、だからって、ただうずくまって泣いているわけじゃない。
「奥さんにも……同じこと、言ったの?」
言ってから、しまった、と思った。
けれど、陸は表情を変えることなく言った。
「思ったこともなかったな」
「どうして?」
「あいつは強いからな」
そう言った陸が、知らない男に見えた。
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