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9.彼女の嫉妬と元カレとの再会
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しおりを挟む存分に麻衣さんに触れ、口づけ、感じさせて、俺も彼女に感じさせてもらって、狭いベッドでひっついて眠った。
そうして一緒に眠っても、朝はベッドに俺一人だったりする。
起き抜けの顔を見られたくない、らしい。俺としては寂しい限りだ。
寝起きにイチャイチャしたい。
それが出来ない俺は、俺の願望を一身に受けて元気いっぱいの息子に、冷静になるよう諭していた。
「うそぉ……」
ドア越しに麻衣さんの声が聞こえて、俺はベッドから出た。
「どうしたの?」
麻衣さんは台所で、赤い炊飯器を前に肩を落としている。炊飯器の蓋は開いているが、ご飯が炊けた匂いも、湯気もない。
「炊飯器、壊れちゃったみたい……」
「マジ? 昨日の夜はタイマー、入ったの?」
「うん。ちゃんとランプもついたのに、今は時計もついてない」
覗き込むと、炊飯器の中の米は水に浸されてより一層白さに磨きがかかっていた。
炊飯器のコンセントを抜き差ししてみたが、いつもは時計が表示されている液晶には何の表示もない。
「完全に壊れちゃってるね」
そんなわけで、俺と麻衣さんは急遽外で朝飯を食い、その足で炊飯器を買いに行くことにした。
麻衣さんの最寄り駅から一駅離れた電器屋。
札幌駅まで行けば大きな電器屋が何件かあるのだが、種類があり過ぎると迷って選べなくなるからと、麻衣さんが近場を希望した。
俺たちは天井からぶら下がっている、表示を見ながら店内を歩いた。
「何か、お探しですか?」
男性店員が通路脇から声をかけてきて、俺たちは立ち止まった。
「炊飯器を探しているんですけど――」と俺は言ったが、どうやら店員には聞こえていないよう。
店員は目を丸くして、店員が顔を出した側に立つ麻衣さんを見つめていた。
俺は少しムッとして、麻衣さんを背中に隠そうと彼女の腕に手を伸ばした。が、触れる前に躊躇してしまった。
「麻衣……?」
店員が彼女の名を口にした。しかも、呼び捨てて。
「基弘……」
麻衣さんまで、店員のと思しき男の名前を口にした。こちらも、呼び捨てだ。
「久し振り」と、店員が麻衣さんに話しかける。
「うん。久し振り」と、麻衣さんも答える。
「元気そうだな」
「うん。この店にいたんだ」
「ああ。春に異動になって」
「店長代理……? すごいね」と、麻衣さんが彼が首からぶら下げている透明なケースの中の名刺の肩書に気づいて言った。
俺も凝視する。
店長代理 本庄基弘。
年は三十歳前後に見える。
「家電バカだからな」と、本庄さんが笑う。
「覚えてたの?」と、麻衣さんも笑う。
完全に二人の世界。
俺と麻衣さんの間の数センチに、見えない壁があるようだ。というか、その壁のせいで二人には俺が見えていないのだろう。
いや、問題はそこじゃない。
この空気感、間違いなく元カレだ――。
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