上 下
52 / 179
7.面倒な女心、複雑な男心

しおりを挟む

「鶴本くん」

 鶴本くんのアイスはすっかり溶けていた。

「急いで帰りたい理由でもあるの?」

「え?」

「ご飯食べに来ただけ、って感じだから」

「――すいません」と、鶴本くんは明らかに言葉に困って謝った。

 帰りたい理由を、言いたくないらしい。

「言いたいこと、言ってるんだけど?」

「……言ったら、引かれるから嫌だ」

「言わないなら明日は会わない」

「は? ずるくない? それ」

「……」

 黙って、彼をじっと見つめる。

 実際は、睨みつけていたと思う。

 だから、鶴本くんは簡単に観念した。

「一緒にいたら、触りたくなるから」

「……は?」

「ほら! だから言いたくなかったんだよ!」

 さっきまでの、男らしい威勢の良さは、見る影もない。

 鶴本くんは唇を尖らせて、ふてくされた子供のよう。

「今日の映画をキャンセルしたのは?」

「……麻衣さんのエプロン姿を想像したら、朝から勃ちっ放しで、外に出られる状態じゃなかったから」



 エプロンで勃つって……。



「じゃあ、この二週間、キスもしなかったのは?」

「キスだけで終われる気がしないから! あー!! もうっ! なんなの、これ。最悪だろ……」



 童貞の妄想か。



 あまりに笑える理由に、気にしていた自分がバカみたいに思えた。

 鶴本くんは顔を真っ赤にして、頭を抱えていた。

 笑っちゃ可哀想だとわかっていても、堪えられない。

「くそ……。カッコ悪りぃ……」

 鶴本くんの行動の全てが、私に繋がっているとわかって、嬉しかった。

 悩ませて申し訳ないけれど、悩んでくれること自体が、嬉しい。

 私は鶴本くんのすぐ横に移動し、身を屈めて彼の頬にキスをした。

「怒って、ごめんね」

 そう言って、もう一度キスをした。

「俺、麻衣さんにちゃんと好きになってもらいたい」

 鶴本くんが私の腰を抱き寄せた。

 鶴本くんは座っていて、私は立っているから、彼の顔が私のお腹に押し付けられる格好になり、恥ずかしかった。けれど、彼の腕は力強かったし、抵抗できる雰囲気でもなかった。

「セックスの話が先行しちゃって、なんか身体目当てみたいになっちゃった気がして、ダメだって思ったんだよ」

「それは……」



 私が身体のことを理由に、鶴本くんの気持ちを拒もうとしたから……。 



「だから、ちゃんと俺のことを好きになってもらって、普通に恋人としてセックスできるようになりたくて……」

「だから、キスもしなかったの?」

「だって! ちゃんと、とか、普通に、って思ってるのに、毎晩のように麻衣さんは夢に出て来て俺を誘うし! キスなんかしたら、夢も妄想もごっちゃになりそうで――」

「なのに、お家デートがしたかったの?」

 鶴本くんが小さく頷いた。

「二人きりでいたらシたくなるんじゃないの?」

「けど、会えないのはヤダ……」



 か、可愛い――!



 絶対、言えないけれど。

 けれど、顔がニヤけるのを止められない。

 嬉しすぎる。

「男心は複雑だね」

 私は鶴本くんの頭をそっと撫でた。

「女心は複雑じゃないの?」

「複雑と言うより、面倒臭いかな」

「どんな風に?」

「それがわかったら、私もこんなにイライラしないよ」

 溶けたアイスを眺めながら、私は彼の髪に指を絡ませていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

私はお兄ちゃんをそんな子に育てた覚えはないよ!?

さいとう みさき
恋愛
長澤由紀恵(ながさわゆきえ)15歳中学三年生。 お兄ちゃん大好きっ子はお兄ちゃんの通う高校を受けて一緒に登校するのが夢。 待望のお兄ちゃんの高校見学に行くと‥‥‥ 「私はお兄ちゃんをそんな子に育てた覚えはないよ!」 突如として現れた妹に長澤友也(ながさわともや)の学園生活は一変!? お兄ちゃん大好きっ子のお話です。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...