【ルーズに愛して】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

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7.面倒な女心、複雑な男心

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 翌日。

 出社して早々に、所長室に呼ばれた。

「麻衣ちゃん、今、急ぎの案件抱えてるっけ?」

「いえ?」

「鶴本くんは、麻衣ちゃんがいなくても大丈夫そう?」

「どうでしょう? 難しい案件は持っていないので、大丈夫だと思いますけど」

「じゃあ、しばらく南に行ってくれるかな」

 南事務所が忙しい時、いつもなら応援に行くのは小野寺さんか明子さんだった。仁美さんは北事務所こっちの所属だけれど、時々南の仕事もしていて、その都度事務所を行ったり来たりしている。

 お使いなどの雑用以外で、私が南に行くことはなかった。

「社労士の仕事を覚えてきて欲しいんだ」と、所長がニッコリと笑った。

「不破さんの下について、ってことですか?」

「そう。社労士事務所を併設するにあたって、社労士業務は不破くんと麻衣ちゃんに担当してもらいたいんだ」

「小野寺さんと仁美さんの異動は決定なんですか?」

「うん。これからは、北事務所こっちは企業顧問、南事務所は個人顧問に業務を移行していくつもりでね。いずれは光川くんと鶴本くんにも社労士業務を覚えてもらうけど、とりあえず即戦力として麻衣ちゃんに頼みたいんだ」

 鶴本くんが入所した頃だから、三年くらい前から、所長は事務所の在り方を模索していた。今の事務所の業務内容のままでは、いずれ息詰まる、と。

 そこで、五年振りに新卒者を入所させた。それが、鶴本くんだった。

 あの時、採用人数は一名と決まってはいなくて、確か五名に条件付きの内定を出した。

 それは、行政書士試験に合格すること。

 面接の段階で、五人全員が試験を受けると言っていた。内定が出たのが六月で、試験は十一月。合格発表が翌年一月末。不合格だった場合、卒業一か月前から就職活動をやり直さなければならない。

 結果、鶴本くん以外の四人は内定を断ってきた。

 まぁ、ある意味、それが普通だろう。

 ところが、鶴本くんだけは違った。

 で、合格した。

 合格の報告に来所した鶴本くんに、所長が『自信があったんだね』と言うと、彼は堂々と『はい』と答えた。

 それから、鶴本くんは所長のお気に入りだ。

 とはいえ、贔屓されているわけではない。どちらかと言えば、スパルタ。だから、他の人の三倍近い時間を研修に費やした。

 ところが、この話には、所長の知らない裏話があった。

「鶴本くん、行政書士試験の合格を報告に来た時、所長に『自信があった』って言いきったの、覚えてる?」

 私はハンバーグを捏ねながら、聞いた。

 五メートルほど向こうでは、鶴本くんが猫のぬいぐるみを抱き締めて、私を見ていた。

「あー……。言いましたね」

「本当に自信があったの?」

「え?」

「この前、なんとなくあの時のことを思い出してね。今更だけど、試験に落ちてたら就職浪人だったわけじゃない? ホント、すごい自信があったんだなぁ、と思って」
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