38 / 179
6.女子会
1
しおりを挟む玄関で待っていて、と言ったのに、私が着替えている間に鶴本くんはリビングのソファに座っていた。
「その服、可愛い」
真っ白な袖がフレアのブラウスは、襟抜きになっていて、普段のスーツと違ってゆったりしたシルエット。それに、膝下丈のAラインスカート。買ってからあまりつける機会がなかったイニシャルのネックレスが、なんだかくすぐったい。
別に、気合を入れてオシャレしたわけじゃない。断じて。
鶴本くんがソファにあった、大きな猫のぬいぐるみを抱き締めた。
「これ、いいですね」
「柔らかくて気持ちいいでしょ?」
「これ、欲しいなぁ」
ぬいぐるみを抱き締めて、ソファの上で膝を抱える鶴本くんは、子供のよう。
「じゃあ、ぬいぐるみ買いに行く?」
「新しいの買ってあげるから、これちょーだい」と、鶴本くんがぬいぐるみに顔を埋めて、上目遣いで私を見た。
ヤバい、可愛い。
「私がすっごい気に入るのがあったら、ね」
思えば、デートなんて何年もご無沙汰だった。少なくても、二年は確か。
仕事ではよく並んで歩く。一緒に電車にも乗る。
なのに、今日はそれが全部初めての事のように、緊張した。
周囲からはどう見られるのだろう、とか。
Vネックのニットにジャケット、ブラックジーンズ、いつもほど整えていない髪はうねって揺れている。
今更だけど、不釣り合いだよね……。
長身でスマートな鶴本くんと並ぶと、きっと私は実際より小さく丸く見える。
そう思うと、真横には並べなくて。私は無意識に一歩後ろを歩いていた。
「あ、歩くの早い?」
地下歩道を歩いている時、聞かれた。
「ううん?」
私は答えた。
「えっと……」と、鶴本くんがうねった前髪を掻き上げながら言った。
「手、繋いでもいい?」
手――。
ほんの数秒間に、私の脳は仕事の時以上に目まぐるしく働いた。
手を繋ぐということは並んで歩くことで、並んで歩くということは周囲に恋人だと示すことで、私は年上で、鶴本くんはイケメンで、私は丸くて、鶴本くんは――。
「そういうの、好きじゃない?」
鶴本くんから言われてしまった。
「あ、うん。あんまり……」
「そっか」
鶴本くんは左手をジーンズのポケットに入れた。
私は、変わらず彼の一歩後ろを歩いた。
そんな会話の後だったから、気まずかった。
よりによって、こんなところで鉢合わせるなんて。
「買い物?」
先に、口をついた。
「うん。麻衣も?」と聞きながら、あきらが鶴本くんを見た。
飲み会で話が出たばかりだから、鶴本くんが、あの鶴本くんだとわかったと思う。
龍也も。
「うん……」と、私は頷いた。
飲み会で、鶴本くんとはあり得ない、と話した手前、気まずい。
「今日は偶然が重なるな」と、龍也が言った。
「俺とあきらも、さっきそこでバッタリ会ったんだよ」
そう言って、龍也は親指をクイッと反らせて、来た道を指さした。
「そうなんだ」
「麻衣さんは、デート?」
「えっ!?」
龍也に聞かれて、私の声が裏返った。
鶴本くんが口を結んだのが、わかった。
さっきの手のことといい、鶴本くんに嫌な思いをさせてばかりだ。
「前に話していた、後輩君でしょ?」
あきらが鶴本くんを見た。
「こんにちは」
0
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
深冬 芽以
恋愛
あらすじ
俵理人《たわらりひと》34歳、職業は秘書室長兼社長秘書。
女は扱いやすく、身体の相性が良ければいい。
結婚なんて冗談じゃない。
そう思っていたのに。
勘違いストーカー女から逃げるように引っ越したマンションで理人が再会したのは、過去に激しく叱責された女。
年上で子持ちのデキる女なんて面倒くさいばかりなのに、つい関わらずにはいられない。
そして、互いの利害の一致のため、偽装恋人関係となる。
必要な時だけ恋人を演じればいい。
それだけのはずが……。
「偽装でも、恋人だろ?」
彼女の甘い香りに惹き寄せられて、抗えない――。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる