【ルーズに愛して】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

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「彼女に逃げられた男だったのかな」と、龍也が言った。

「麻衣は追いかけられなくて良かったねぇ」

 千尋が少しぎこちなく、言った。

「ま、何にしても、あの男とはもう会うなよ」

 陸の言葉に、私は頷く。

「そうだよ! 結婚する前に、思いっきり仕事して遊んだ方がいいよ。結婚して子供が出来たら、簡単には別れられないし、失敗したと思っても遅いんだから」

 さなえの言葉に、その場の空気が冷えた。

 さなえは平然と唐揚げを頬張る。



 さなえと大和、うまくいってないの……?



 大和が黙っているところをみると、後ろめたいことがあるよう。

 付き合いが長いのに、いつ会っても仲が良くて、私にとって二人は理想の夫婦。

 これまで、愚痴の一つもなかったのがおかしいのだろうけれど、さなえの口から結婚を否定するような言葉を聞くとは思ってもいなかった。

 部屋の空気が、重い。

「さなえ、チゲ雑炊シェアしない?」と、私はさなえに言った。

「うん。食べたい」

 ボタンを押して店員を呼ぶ。

 さなえは辛いものが好き。けれど、妊娠してからはまったく食べられなくなったと言っていた。

 食べたいけれど、と。

「焼き鳥も頼んで。俺、食ってない」と、龍也。

「私、梅酒」と、あきら。

「ライムサワー」と、千尋。

「イカの一夜干し」と、陸。

「みんな、自分で言って」

「大和、ご飯ものも食べなきゃ悪酔いするよ? ピザでいい?」

 さなえが言った。

「ああ」と、大和が呟いた。



 仲が悪いわけじゃないんだよね……。



 この年になれば、どんなに親しい友達にも言えないこと、言いたくないことくらい、ある。

 実際、私は元カレから受けた仕打ちの全てを話したりはしないし、私の中でくすぶっている感情についても話したことはない。



 二年前の情事ことも――。



 集まって一時間半が過ぎた頃、さなえのスマホが鳴った。

「もしもし。……いいえ。…………わかりました。すぐに迎えに行きます。……はい。すみません。……はい。お願いします」

「母さん?」

 電話を終えたさなえに、大和が聞いた。

「うん。大斗がぐずってるって。先に帰るね」

「俺も――」

「いいよ、大丈夫。お義母さんが家まで送ってくれるって」

 さなえはバッグとジャケットを抱えて、立ち上がった。

「ごめんね、みんな。また、ね」

「気を付けてね」

「さなえ――」

 見送ろうとして立ち上がろうとする大和の肩に手を置いて、さなえは阻止した。

「大和、飲み過ぎないでね」

「ああ」

「大斗くん、お大事にね」

「ありがとう」

 さなえが襖を締めてしまったから、みんな見送りに出るタイミングを逃してしまった。

「悪いな、バタバタで」と、大和が言った。

「何言ってんの」と、千尋が言う。

「チゲ雑炊は食べられたから、良かった」と、私は言った。

「珍しいね、夫婦喧嘩なんて」と、あきら。

「あれって、やっぱそうなの!?」と、龍也。

「さなえがあんなこと言うの、初めて聞いたな」と、陸。

「ま、色々あるわよね。言いたくなきゃいいけど?」と、千尋が大和に言った。

 大和が深いため息をついて、グイッとビールを煽った。

「さっきさなえが言ったこと、俺が言っちまったことなんだよ」

「え? 結婚前に遊んだ方がいい、って?」

「そ。この前、地元の友達と飲んだ時にポロッと言っちまってさ。そいつは結婚もまだで、彼女もいないって愚痴ってたから、励ますつもりもあって言ったんだよ。結婚が全てじゃない、みたいな? それを、タイミング悪く、迎えに来たさなえに聞かれたんだよ」

「あーーー……。うん。マズいね」と、あきらが言った。

「別に、俺は結婚を早まったつもりはないし、失敗したとも思ってねーよ? 一般論として、焦んなって言いたかっただけでさ」

「それをさなえには言ったの?」

「言ったよ」

「許してもらえなかった?」

「……泣かれた。しかも、俺に隠れて」

「ショックだったんだねぇ」と、思わず呟いてしまった。
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