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1.鶴亀コンビ
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しおりを挟む私はトイレに駆け込んだ。個室に入ると、鍵をかけ、スマホを取り出す。
着信が三件。全て鶴本くんからだ。
心配してくれたのだろう。
未読のメッセージを読み、私は大きく深呼吸をしてから、トイレを出た。
私に厄介なコンプレックスや過去のトラウマさえなければ、ばっちりメイクを直してスキップで高井さんに駆け寄って行けたのだろう。
初対面の時は確かにドキッとしたし、素敵な男性だなと憧れもした。けれど、会う度に目つきが変わり、親切に見せかけて肩に触れられ、食事に誘われるようになった。
前回の仕事が終わった時には本当にホッとしたし、今回の仕事を聞いた時には本当に憂鬱になった。
「行こうか」
高井さんが私の肩を抱く。逃げられないようにと掴まれているようにしか感じない。
エレベーターの扉が開き、馴染みの顔が現れ、泣きそうになるほど嬉しかった。
「麻衣」
陸!
「ちょうど良かった。仕事は終わったか?」
「うん」
私は高井さんの手からすり抜け、陸に駆け寄った。
「失礼致しました、高井様。いつも当ホテルのご利用をありがとうございます」と、陸が支配人らしく丁寧に挨拶をした。
「お連れの亀谷様にお迎えがいらしてますので、お席までお知らせに伺うところでした」
「迎え?」と、高井さんがジロリと私を見た。
「はい。お車でお待ちです」
「失礼ですが、亀谷さんとはどういう?」
「はい。彼女とは長い付き合いの友人です」と言って、陸が私の腰に腕を回す。
「とても親しい友人なんです」
「高井さん。今日は美味しいお食事をご馳走様でした。来週の打ち合わせもよろしくお願い致します」
私は深々と頭を下げた。
「では、失礼致します」
頭を上げると同時に、エレベーターの〈閉〉ボタンを押した。〈ロビー〉のボタンも。
エレベーターが静かに降下し始めた。
「ありがとう、陸。助かった!」
「ギリ、間に合ったな」と、陸が息を吐く。
「連絡してくんの、遅いんだよ」
「誘われたの、今日の午後だったから」
「――にしても、部屋に連れ込まれたらどうなってたと思ってんだよ」
「ごめん」
陸は優しい。
大学時代から変わらずに、ずっと。
OLCの中で同い年の私たちは特に親しくて、それぞれが卒業して疎遠になっていた間も、時々メッセージのやり取りを続けていた。
私にとって陸は、きっと、この世で最も信頼できる友達。
そして……。
「俺、まだ仕事が残ってるから、迎えを呼んでおいたよ」
「迎え?」
「そ」と言って、陸がポケットから結婚指輪を取り出し、左手の薬指にはめた。
私はそれを、黙って見つめていた。
「あ、飲み会が来週になったこと、聞いたか?」
「うん。昼間、さなえから電話があって、聞いた。その後で千尋からもメッセ入ってたし」
「悪いな。VIPの対応が入っちまってさ」
「支配人は大変だ」
陸は昨年、このホテルで最年少で支配人に昇格した。三人いる支配人の中でも一番若くて新人だからと、ほぼ休みなしに働いている。
一階に着き、エレベーターの扉が開く。陸が、扉が動かないように手で押さえてくれた。仕事柄とわかっていても、嬉しい。
「すぐそこに龍也が来てるから」
「龍也!?」
龍也もOLCの仲間。
「ああ。ダメもとで電話してみたら、ちょうど仕事で近くにいたから」
「ごめんね。ありがとう、陸」と言って、私はエレベーターを降りる。
「また来週、な?」
「うん!」
すれ違った客がエレベーターに乗り込む。
背中で『何階ですか?』と聞く陸の声がした。振り返ると、陸が気が付いて小さく手を振った。
指輪が光る、左手で――。
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