【ルーズに愛して】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

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1.鶴亀コンビ

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 私は自分の容姿が嫌いだ。

 背が低くて、太っていて、胸が大きい。なのに顔は中学生の頃からあまり変化がなく、要するに童顔だ。

 そのせいで、苦労はあれども、得をしたことはない。

 すれ違う男の視線は常に胸。電車で座っていると、前に立った男からがっつり見下ろされることもしょっちゅうで、鎖骨より深い襟の服は着なくなった。

 それでも、すれ違いざまに胸を掴まれたり、電車でアクシデントを装って触られることもある。

 だから、防犯ブザーと催涙スプレーは必需品。基本的に通行人のいない夜道は歩かない。

 恋愛も散々だ。

 コスプレさせようとする男、痴漢プレイをしたがる男、セーラー服を着せて鞭を持たせようとした男もいた。挿入より胸で挟んでくれといわれることもよくある。

 若い時は、好きならそういう要求にも応えられるはずだと言われて、従っていた。けれど、要求はエスカレートし、心身ともに疲れ果て、別れる。そんなことを何度か繰り返し、セックスになんの魅力もなくなった頃、その時に付き合っていた恋人に決定的な一言を投げつけられた。

 それからニ年。

 私に恋人はいない。

「高井さんて、マジで麻衣さん狙ってるんですね」

 帰りの運転は、鶴本くん。

 私は胸に食い込むシートベルトを、握り締めた。

「なに、それ。前に仕事をしたことがあるから、今回もってだけでしょ」

 嘘。

 本当は察している。

 高井さんの私を見る目には、憶えがある。

 以前の恋人と同じ、舐め回すようなねっとりとした視線。明らかに、下心を感じた。

「本当は怖いんじゃないですか?」

「え?」

「最後の方、顔が引きつってましたよ」

「そんなこと――」

 正直、怖かった。

 打ち合わせ中、資料を見せてもらうために鶴本くんが席を立った。二人きりの空間で、高井さんはあからさまに誘ってきた。

 恋人はいるのか、自分のような年上の男は嫌か、プライベートでも会いたい、などなど。

 曖昧な返事で流したけれど、最後の一言にはぞっとした。

『パンツスーツお似合いですね。いつもきちんとした服装をされていて、清潔感があっていいですよね』

 普通ならば、誉め言葉として受け取るだろう。相手は年上のイケメンで、飲食店の経営者。普通ならば、喜んで食事の誘いを受ける。

 けれど、私は普通ではなくて。自意識過剰と言われても、直感でわかってしまう。

『そうやって隠されると、余計にそそられるんだよなぁ。ちゃんとされればされるほど、めちゃくちゃに泣かせたくなるし』

 そう、元カレに言われたことがある。

 その言葉通り、めちゃくちゃに泣かされた。

 凌辱プレイ。

 服を切り裂き、怖がる私を無理やりに犯し、泣いて嫌がる私に興奮してた。

 高井さんの言葉と視線が、その時の元カレとダブって見えた。

 恐らく、高井さんもプレイ好き。

 きっと、普通のセックスでは満足できない。

「考えておいて、って何のことですか?」

 鶴本くんに言われて、ハッとした。

「なに?」

「帰り際に、『さっきのこと、考えておいてください』って言われてたじゃないですか」

「ああ……」

「食事にでも、誘われました?」

「……社交辞令でしょ」

 そうであってほしい。

 仕事を口実にでもされたら、上手く断れる自信がない。

「行きたいですか?」

「え?」

「高井さんと食事に行きたいですか?」

 行きたいわけがない。

 仕事の相手と親密になるつもりはないし、しかもまともな関係を築けるとは思えない。

 けれど、行きたくない理由を鶴本くんに話すつもりもない。

「本気で誘われたんなら、ね」

「イケメンですもんね。年上で、金もあって」

 イラっとした。

 私が、そんな上っ面で男を選り好みする女だと思われていることに。

 自分で言うのもなんだけど、私は外見で判断したりしない。

 自分がそうされて、嫌だから。

「そうね」

「麻衣さんはもっと、身持ちの硬い女性ひとだと思ってましたけど、実は遊び慣れてます?」

「は?」

 珍しく、鶴本くんが突っかかってきた。

 こんな、侮辱ともとれる発言は初めてだ。

「言葉に気をつけなさい」と、私はきつめのイントネーションで言った。

「……すみませんでした」と、鶴本くんが仕方なさそうに言った。



 絶対、悪いと思ってないわね。



 慣れ過ぎてもよくないものだ、と思った。 

 事務所までの道のり、どちらもそれ以上は口を開かなかった。
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