【ルーズに愛して】私の身体を濡らせたら

１．鶴亀コンビ

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「あれ？　相方は？」と、明子あきこさんが聞く。

「トイレです。高井たかいさんとの打ち合わせ前に、化粧でも直してんじゃないですか？」と、鶴本つるもとくんが答える。

「ああ。イケメンオーナーね」

「鶴本くん、ぼやぼやしてると麻衣まいちゃん取られちゃうぞ」と、小野寺《おのでら》さんがディスプレイの影から顔を出す。

「そうそう。今回だって、ご指名だしね」と、楠くすのき所長も書類から顔を上げる。

「マジっすか！？」と、鶴本くんがチャラい口調で言う。

「マジマジ。高井さん、女性関係派手って噂があるから、麻衣ちゃんも狙われてるかもよ？」と、仁美ひとみさんが追い打ちをかける。

「所長！　婚約指輪代、給料前借りさせてください」と、鶴本くんが所長に向かって言った。

「借金して婚約指輪って、ないわぁ」と、仁美さん。

「大丈夫。麻衣ちゃんなら金額じゃなくて気持ちがこもっていれば喜んでくれるよ」と、所長がわざとらしい微笑みで言った。

「愛があれば――」

「ありません！」

　黙って聞いていた私は、耐えきれなくなって声を上げた。

「いい加減、そのネタやめてください！」

「ネタ？　何が？」と、明子さんがとぼけた顔で言う。

「明子さん！」

「ははは！　いいじゃない。お似合いよ？　鶴亀コンビ」

「その呼び方もやめてください！」

「えー……。縁起が良くていいじゃない」と、小野寺さん。

「コンビ結成からうちの事務所も潤ってるし。鶴亀様様だよ？」

「なら、給料上げてくださいよ」と、鶴本くん。

「調子に乗らない！　そういうことは、一人で顧客担当できるようになってから言いなさい！」

「はぁい」と、鶴本くんは子供のように口を尖らせて言った。

「ほら、行くよ！　資料持って！」

　私は自分のデスクに用意しておいた資料を、鶴本くんに押し付けるようにして渡した。私自身はタブレットをバッグに押し込み、ファスナーを閉める。

「所長、行ってきます！」

「しっかり頼むよ」

「行ってらっしゃい」

　私が勤める楠行政書士事務所の所員は私を含めて六人。平均年齢が高いせいもあって、家族みたいに仲がいい。

　入所して十年目。

　私はもうすぐ三十二歳になる。

「今日の恰好、可愛いですね」

　車内で、鶴本くんが言った。

　今日は私が、運転。

「おだててもダメよ」

「マジですよ。パンツスーツって、エロくて好きです」

「スカートの時も同じこと言ってなかった？」

「麻衣さんなら、何を着ていても可愛いってことです」

「名前で呼ばないで」

　鶴本くんの指導係になって三年。

　毎日のように繰り返される掛け合いにも、慣れた。

　私の名前は、亀谷麻衣かめや　まい。

　彼の名前は、鶴本駿介つるもとしゅんすけ。

　所長が『鶴と亀なんて、縁起がいいね』と言ったことを発端に、いつの間にか『鶴亀コンビ』なんて呼ばれるようになった。

　最初は、なんて子だろうと思った。

　七歳も年下のクセに、馴れ馴れしく名前で呼ぶし、『可愛い』とか『エロい』とか言ってくるし。

　いつもの私ならば、こうして同じ車に乗るのも耐えられなくなるところだが、鶴本くんにはそこまでの嫌悪を感じなかった。

　言い方というか、言葉の印象というか。とにかく、言葉ほどいやらしい目で見られている気はしなかった。

　むしろ、私の身体をジロジロ見てくる男からの視線を遮ってくれたり、声をかけてきた男から守ってくれたりする。